【羊のうたレビュー】大衆の中で取り残される孤独感

「羊のうた」という冬目景の漫画があります。

結構古い作品で、1996年~2002年にかけてコミックバーズに連載されていました。
アニメ化もされてますし、ラジオドラマ化もされていますし、なんと実写映画化もされています。
すごい。

僕はこの作品すごい好きなんですけど、なんていうか、すごい重苦しいお話なんですよ。
全体を通して陰鬱な雰囲気の、血に縛られ、血の愛憎にまみれた姉弟のお話なんです。

一気読みすると、500キロカロリーくらい消費するんじゃねえかってレベルで精神の何かをゴソッと持っていかれる読後感なんです。
めちゃくちゃ良いお話なんですけど、読むと心が削られる。

こいつが本棚に封印されていたんですけど、久しぶりにちょっと読み直したんですね。

そしたらまあ心が削られる削られる。
話が重い重い。

読み終わったいま、もう「千砂あああああああああ!!」とか言いたい。「あああああああああああああああああ!!!」とか叫びたい感じなんですよ。

まあ皆さんからしたら「は?」ですよね。
まず「千砂」の読み方からしてよくわからないですよね。
ていうか「千砂」ってなに? 砂場の砂粒でも数えてたの? 少なくない? って話ですよね。
「やだこのブログ書いてる人、キチガイ」とか思っちゃいますよね。

だからとりあえず「羊のうた」のあらすじを書いておこうと思います。

羊のうた:あらすじ
高城一砂(たかしろ・かずな)は、幼い頃に母を亡くし、江田夫妻のもとで暮らす高校1年生。
ある日、生き別れた姉、千砂(ちずな)と出会い、吸血鬼のように他人の血を欲する高城家の奇病について知らされる。
千砂はこの奇病に苦しみ、世間から危険視されるのを恐れ、父を亡くした後はひっそりと1人で暮らしていた。
ある日、この奇病を発症した一砂。
苦しむ一砂に千砂は自らの血を差し出し、一緒に暮らすことを提案する。

この奇病ってのがキモでしてね、高城家の血筋特有の病で、臨床例が極端に少ない。
発作的に耐え難い頭痛と喉の乾きに襲われ、ドス黒い感情が湧き上がり自分をコントロールできなくなり、人に危害を加えてでも生き血が飲みたくなるという病です。
一砂と千砂以外の高城家の人間は、ストレスから他の病気を患うか、自殺してしまっているそうです。
また、今は没落してしまっていますが高城家はもとは士族なので、世間からこの奇病を隠すため近親での婚姻を繰り返していたため、病のことは公にはなっていません。

ね、もう重たいでしょ。
晩ごはんに天丼とか出てきても食べれないなってなるでしょ。

そんな重量感のある漫画なんですが、僕はこの羊のうたを読んだあと、若かりし日のひとつの体験を思い出したんです。

あの日の僕は、千砂と同じだったんだ、と。

23歳、愛を求め、憎しみに満ちていたあの頃

23歳。
僕は童貞でした。

大体みんなアレじゃないですか。
なんだかんだで中学生くらいに初めての彼女ができて、一緒に学校から帰って、イオンでデートして、初めて手を繋いで、夏には花火大会に行って、浴衣姿の彼女に見惚れて、初めてキスをして、みたいなことはしてきてるわけじゃないですか。

それで高校生くらいに脱童貞、みたいなレールの上を走ってるわけじゃないですか。
ちょっと遅くなって大学生のときに脱童貞、みたいなモンじゃないですか。

そうじゃなくても、童貞って言っても彼女はいたことあるわ~みたいなそういうアレじゃないですか。

23歳。
僕は彼女いない歴=年齢でした。

女の子と一緒に学校から帰ったこともないし、イオンでデートしたこともないし、女の子と手を繋いだ経験はせいぜい小学校の頃の自然教室でキャンプファイヤーを囲んで変なダンスを踊った時に指先と指先を触れさせた時くらい、家の近くの味噌工場の隙間から花火が見えるから花火大会は行ったことないし、浴衣姿の彼女なんてみたことないしキスなんてしたことない。

完膚なきまでに童貞。完全なる童貞。守り抜いた貞操。ピュアナチュラル。

ていうかなんかみんな、女の子の股間にはなんか穴があってね! みたいなことを言うじゃないですか。女性器というものがあってね、みたいなことを言うわけじゃないですか。
でもね、こちらとしてはそんなもの見たことがないわけ。

女の子の股間なんて僕からしたらもうUFOみたいなもんなんですよ。
UFOと同レベルなわけですよ。

よくあるじゃないですか。
「グレイタイプの宇宙人を捕獲! 死んでいたので解剖してみた!」
みたいな映像、あるじゃないですか。

僕からしたらAVもそれと同じレベルなわけですよ。胡散臭くて仕方がないわけですよ。
「清楚系素人娘の女子大生をナンパ! ホテルに誘ったら意外とノリノリ!」
みたいなAVとかね、全然信用できない。
嘘でしょこんなの。まず清楚系とか誰の主観やねんてところから問い詰めたい。こんなのもはやネッシーと同レベルだろ。

女の子の股間に穴があるなんて話、イエティレベルで信じられない。

それでもなんかわかんないですけど、僕の周りの人はみんな彼氏彼女がいて、その、なんていうんですか? セッ……? セック……ス? 女性器というものが存在していて、僕の股間についてるなんか不定期に膨張する変な棒を入れたりするというその行為? それをしているって言うんですけど、信じる根拠がなんにもないわけ。
女の子が男の股間のツチノコをチュパカブラするらしいんですけど全然意味がわからない。
全然信用できない。

だってどうです?
あなたの周りの人みんなが
「UFO? うちの車庫に駐車してあるけど?」
「河童の股間って穴が開いてて、そこに変な棒入れると尻子玉出るぜ」
「グレイの股間に指入れてGスポットってところを刺激し続けるとプシャシャッ! ってスカイフィッシュが飛び出すぜ」
「ポルチオ性感」
とか言っててもどうです?
信じる気になります?

またまたwwwwそんな戯言に騙されないでござるよwwwコポォwwwwって言うしかないじゃないですか。フォカヌポゥwwwwって言うしかないじゃないですか。

そんな感じで完全に童貞をこじらせた童貞。
それが23歳の僕でした。

童貞とは、要はコミュ力が低いということです。
女の子とうまく話すことができない。
恥ずかしくて女の子と目を合わせることができない。

うまくコミュニケーションが取れない。
そういう哀しい存在です。
UMAみたいなもんです。

それをこじらせていき、
「どうせ俺なんて一生童貞なんだ」
「俺の話なんて面白くない」
「みんなが俺のことを笑っている」
「俺がキモいからや」
と、もともと低いコミュ力を更に低下させていくわけです。

そしてこじらせた童貞はやがてリア充やカップルを憎むようになります。
「カップルはしね」
「クリスマス爆発しろ」
「リア充にピンポイントで隕石落ちろ」

千砂にとって、高城の血は愛憎の象徴だった

羊のうた第7巻 千砂と一砂
男の子が一砂(かずな)、女の子が千砂(ちずな)

そう、僕にとって童貞は逃れられないもの。

僕の童貞は千砂にとっての血で、僕のカップルは千砂にとっての父親でした。
童貞は逃れられない呪いであり、カップルは求めても手に入らないもの。

千砂にとって血は愛憎の象徴でした。

一族を奪い、母の命も奪った高城の血。
高城の血であることで、発作に苦しみ、人を傷つけるかもしれないと怯える日々。
それを父の血によってなんとかコントロールしていました。

父さんは母さんに似ている私を必要とし、そして……私には”必要とされている”という充足感が必要だった。

私を一番理解してくれる人間は父しかいなかったのだし、私は何の疑問も持たずに父を愛した。例えそれが禁じられたものだとしても、私には関係なかった。
だけど、父さんは私を連れて行ってはくれなかった。
私は父さんを憎んだ。

まだ終わらない。

まだ父さんは死んでいない。
父さんを忘れたくて、二人で住んだ横浜の家を出てここへ帰ってきた。
だけど、この町には一砂がいた。

私はまだ父さんの影から逃げられない。

父が自殺し、世田谷の旧家に戻ってくると、その町には父とよく似た一砂がいました。
そして一砂も同じ高城の病を発症し、一緒に暮らすことになります。

2人の生活も落ち着き、お互いに心を開いて来たその夜、千砂は夢を見ます。

血、血、血。
血のイメージ。
吐血。
血に染まった猫。
若かりし主治医水無瀬の傷ついた顔。
腕を伝う鮮血。

「お父さん」

水無瀬が言う。
『君は人形に過ぎなかった』

父は言う。
『千砂、すまない』
『お前は俺が護る。なんとしても』

「嘘つき」

父の遺骨。
千砂の自殺を止める水無瀬。

縁側に座る母。
舞い散る桜の花びら。
『千砂、桜の木の下にはね……』
『だからあんなにきれいな花が咲くのよ』

振り向いた母の顔は、千砂だった。

うなされ、夢から覚めた千砂は駆けつけた一砂に心のうちを吐き出します。

一砂、お願い。私を必要として。
生きるための手段でもいいから、ずっと私の側にいて。
もうわたしを独りにしないで……。

カップル曰く「ディズニーランドは夢の国」

そんでですね、カップルといえばデート。デートといえばディズニーランドじゃないですか。
なんか知りませんけど、そういうことらしいじゃないですか、君たちの中では。
僕の周りのカップルもその例に漏れず、こぞってディズニーランドへ行くんですよ。何がそんなに楽しいのか全然わからないんですけど、まあ足繁くディズニーランドへ行くんですよ。
そんでそのディズニーランドの話を聞くとね、異口同音でこう言うんです。

「この間ディズニーランド行ってきたんだ!」
「へえ、楽しかったの?」
「うん! めちゃくちゃ楽しくて、もう本当に夢の国って感じだった!! たくろうも行ってみれば良いのに」

もうね、カップルのこういうところが嫌なんですよ。
こちとら童貞ですよ、童貞。
自分らが彼氏彼女と行って楽しかったからって童貞の僕にそれを勧めるか? って話なんですよ。

ディズニーランドって基本的にカップルで行く場所じゃないですか。ラブホと双璧をなすレベルでカップルで行く場所じゃないですか。

ラブホが楽しかったからって童貞にラブホ勧めるか? って話なんですよ。

そりゃあディズニー大好き! って人だったら友達と行くかも知れませんけど、僕は好きも嫌いもそもそもディズニーランド行ったことないですし、僕の周りのディズニー大好きって人はカップルばっかりなんですよ。
なにか? カップルと僕で行けってか?
死ぬぞ? ディズニーランドを事故物件にしてやるぞ?

そういうことなんですよ。
カップルで行って楽しかったからって、童貞の僕が行って楽しいと思うんか?
頭湧いてるんですか? カップルで幸せすぎて頭湧いてるんですか?
自分が幸せだから他人も幸せですか?
そういうことなんです。
カップルのそういうところが嫌いなんですよ。

何が夢の国だよ。こっちは童貞なんだよ。夢も希望もありゃしないんだよ。ふざけんなよ。

けれども、僕は思い当たってしまったんです。

……本当に夢の国だってのか? 本当の本当に夢の国だってのか? なら童貞の僕が独りで行っても楽しいのか? カップルにまみれた地獄のような場所に見えるけど、童貞の、僕が、独りで、行っても楽しめるのか? 夢の国だと思えるのか?

ほーん、よーしわかった。そこまで言うなら行ってやろうじゃねえか。本当に夢の国かどうか、童貞の僕が独りで初ディズニーして楽しめるかどうか、やってやろうじゃねえか。

当時の僕は気が狂っていたんだと思います。
童貞をこじらせていたんだと思います。

初めてのディズニーランド。
ディズニーキャラクターに全く思い入れなし。
なのに独りで行く。
しかも童貞。

間違いなく正気の沙汰ではない。
狂ってる。

一砂と千砂の苦しみは「周囲との断絶感」

羊のうた第6巻 八重樫さん
一砂とお互いに淡い思いを抱いている八重樫さん

千砂は幼少の頃から高城の病を発病し、周囲から断絶されていました。
母も亡くし、頼れるのは父親だけ。
だからこそ、あの異常な愛情が芽生えたのでしょう。

一方一砂は、「男は発病のリスクは低く、発病するとしても子供の頃」のため、ある程度成長したあとに江田家に引き取られました。

それは高城の病のことを知らせず、「まっとうな人生」を送ってもらうためでした。

しかし一砂は高校生になり、発病します。

「羊のうた」の冒頭に、こんな文章があります。

羊の群れに紛れた狼は、寂しい牙で己の身を裂く。

高城の病は「発作が起こると耐え難い頭痛と喉の乾きに襲われ、コントロールし難いどす黒い感情に包まれ、人に危害を加えてでも生き血を欲する」という病です。

つまり人として生きるには、何らかの手段で発作を抑え、突発的な発作に備えて人との関わりを絶って生きていくしか無いのです。

一砂は「周りの大切な人を傷つけない」ために、周囲から距離を取っていきます。

学校の友達、親友の木下、育ての親である江田夫妻、淡い思いを寄せる八重樫さん。

病のことを話せば、巻き込むことになる。
だから、嫌われたっていい。むしろ、嫌われたほうがいい。
自分の存在を忘れてほしい。いなかったことにしてほしい。

そうやって羊の群れに紛れた異質な存在である自分を隔離していくのです。

しかし、それはとても悲しいことです。
周りに「普通の」人たちがいるからこそ、自分の「異質さ」が浮き彫りになっていく。
周りと同じ人間なのに、高城の血を持っているというだけで周りの人間とは完全に断絶されている。

千砂……俺、もうヤだよ……。こんな思いしてまで生きていたくない……。
千砂はみんな忘れろって言ったけど、大切な人たちを傷つけて切り捨ててまで、俺達に生きる意味なんかあるのかよ?

周囲からの断絶感。
この絶望と発作の苦しみが、一砂と千砂を苛むのです。

ディズニーランドでの童貞の断絶感は凄まじい

2005年10月28日、朝10時。
舞浜駅に降り立った僕は孤独でした。

初めてディズニーランドに行くわけで、初めて舞浜駅に来たわけで、正直電車に揺られながら「ディズニーランドって駅からどうやって行くんだろう」という不安感があったわけですよ。

でもね、そんな心配は全く無用でした。
もう駅の出口に「ディズニーランド→」の案内もありますし、見渡す限りの人人人がディズニーランドへ向かっているんですよ。迷うわけがない。

迷わないのはいいんですけど、その大勢の人の中で独りで歩いてるのってね、僕だけなんですよ。こんだけ人がいて、僕以外のすべての人が家族かカップルか友達同士。
もうこの時点で孤独に押しつぶされそうになります。
気持ちが折れそうになります。

そんな歩くだけで精神的ダメージを受けるドラクエの毒沼みたいな道を歩いてディズニーランドの出入り口で1DAYパスポートを買うわけですけど、もちろん独りきりで並んでるのは僕だけ。
自分を奮い立てるために「ツレは年間パス持ってるんすよ」とか言ってみたところで、余計に寂しくなるわけ。ホントマジこの毒沼やめて。しんじゃう。

もうこの時点で完全に逃げ出したくなってるんですけど、受付が僕の番になり、つい「大人1枚」って言っちゃいました。もう逃げられない。

まあでもほら、ここを抜ければ、この毒の湿地帯さえ抜けてしまえば、向こう側は夢の国だから。夢の国らしいから。ほんとだろうな。これで夢の国じゃなかったら黄泉の国だぞこんなもん。そういう意味の夢の国じゃないだろうな。わかってんだろうな。

そんな心配をしながら夢の国に入場すると、そこには壮大な景色が広がっていました。

正面にはベガッとアーケードみたいなのがあり、その奥にはお城みたいなのがズドンと建っています。
アーケード前の広場ではミッキーや白雪姫みたいな人がお客さんとキャッキャウフフとめちゃくちゃ楽しそうに戯れていました。
すげえ、すげえ楽しそう。
すげえ楽しそうだけど何が楽しそうなのか全然わからない。
僕も絡んでみようかなと思ったんですが、童貞に絡まれても彼らも困るだろうなとスルーしました。

僕は独り。
童貞で、独りきりで来た。

自分の立場を再確認し、ぎゅっと唇を引き締めて歩きだします。

夢の国に入っていくと最初に通るこのアーケードは「ワールドバザール」と言うらしく、20世紀初頭のアメリカを再現したものなんだとか。
なるほど、確かに素敵。

確かに素敵なんですけど、20世紀初頭のアメリカ・ストリートもこんなにカップルでごった返していたんだろうか。20世紀初頭のアメリカ・ストリートにも僕のような悲壮な決意で歩いているチェリー・ボーイはいたんだろうか。どうしてもそんなことを考えてしまう僕は、だから童貞なんでしょうなあ。

そしてアーケード、じゃなくてワールドバザールを進むにつれ全貌が見えてくる大迫力のシンデレラ城。すごい。デカイ。
その迫力は思わず「すげー!」と声が出てしまうほどなんですが、出してしまったあとに自分が独りだということを思い知らされて死にたくなります。

イカンイカン。
こんなことじゃ夢の国が黄泉の国になってしまう。
僕は「童貞が独りで夢の国に来ても楽しめるのか?」という検証のために来たんだ。
ニュートラルな立場で検証しなければ。

よっしゃ、まずはカップルがオススメしてた「ホーンデットマンション」ってやつに行ってみよう。

初心者殺しのファストパス制度

ディズニーランドは人でごった返しており、それぞれのアトラクションの待ち時間が絶望的なものになっています。
その待ち時間を解消するための制度が「ファストパス」と呼ばれるもの。

これは乗りたいアトラクションの「ファストパス」を受け取り、指定された時間に乗りに来ればほとんど待たずにアトラクションを楽しめるというものです。

そんなわけでホーンテッドマンションのファストパスを受け取るため、カップルやファミリーたちを横目にブリブリと歩いていきます。

やべえな。ほんとに独りで歩いてるの僕だけじゃねえか。
これ園内で独りで歩いてるのマジで僕か迷子だけなんじゃねえか。
ていうか僕って本当は迷子なんじゃねえか。
そのうち迷子の呼び出しとかされるんじゃねえか。
「迷子の呼び出しをいたします。東京都からお越しのたくろう様、お連れ様がお待ちです。ワールドバザールまでお越しください」みたいな放送が入って、なんだろう僕は独りで来たはずなのにって思いつつ行ってみるとそこには石原さとみがいて「もーたくろうったらどこ行ってたの!? 心配したんだよ! さあ、一緒にディズニーを回ろう! あと今日は脱童貞しちゃうゾ!」とか言われちゃうんじゃねえか。

そんなことを夢みながら歩いていましたが、残念ながらそんな呼び出しされるはずもないしそもそもディズニーランドでは迷子の呼び出しをせずキャスト間で情報共有し相手を見つけ出すって有名な話がありました。
クソッ、全然夢がないじゃねえか。

そんなバカみたいなことを考えながら歩いていると、ホーンテッドマンションに到着。
ファストパスを発券してもらったんですが、あのね、なんていうか、すごいんすね、ディズニーランドって。
10時半にファストパスを発券して、乗れるのが15時半なんすね。
5時間よ5時間。
正気を保っていられないっすよこんなの。
ていうか今のところ、夢どころか絶望しか植え付けられてないけど大丈夫なの?

続いて、これも楽しいと聞いていた「プーさんのハニーハント」へ向かいます。
待ち時間を見てみると、現在90分待ちとのこと。
いやー、長いっすわ。1時間半でしょ。このごったがえすカップルの中独りきりで1時間半でしょ。地獄ですわ、地獄。

そこでふと思いついたんですよ。
このプーさんのハニーハントもファストパスを取っておけばいいんじゃない? と。
乗る予定のものを順番にファストパスを取っていけば、非常にスムーズに夢の国を楽しめるんじゃない? と。

そんなわけで10分ほど発券所で並んでファストパスをもらおうとしたんですが、発券してもらえず。キャストのお姉さんが「1度ファストパスを受けると2時間は他のアトラクションでファストパスを受けられない」ということを優しく教えてくれました。周りの人めっちゃみてた。ファストパス連続で受けようとするとか絶対童貞だよねって目で見てた。しにたい。

ていうかそういう大事なことはしっかり書いておいてほしいわけ。
初めて来た人にもわかりやすく、孤立無援の童貞にもわかるように書いておいてほしいわけ。

もう居たたまれなくなってその場から離れ、とぼとぼと歩いていたらクリッターカントリーという場所にたどり着きました。

ここで、そういえば起きてから何も食べていなかったわーってことでトルティーヤチーズドッグってやつを食べてみたんですけど、これめちゃくちゃ美味いっすね。あの、なんていうか、もう一回いいますけど、これめちゃくちゃ美味いっすね。
これもっと大々的に売り出したほうが良いと思うんすよ。
なんかわけのわかんないポップコーンとかそこら中で売ってないで、もっとトルティーヤチーズドッグの方に力を入れるべきだと思うんすよ。やべえよこれ。泣きそうになる。

トルティーヤチーズドッグに少し元気をもらい、気合を入れてまた歩きだします。

待ち時間を見るためにこそこそとハニーハントに戻ってみると120分待ちになっていて完全に絶望を植え付けられ、もう暇すぎるからなんでもいいからスパッと参加できるアトラクションはないものかと徘徊していると「待ち時間30分」の文字が。

シンデレラ城ミステリーツアーで童貞は見えない誰かと横並びにされそうになる

30分ですよ、30分。
ホーンテッドマンション5時間、ハニーハント2時間ときて30分の待ち時間でアトラクションが楽しめる。こりゃあもはや奇跡。夢のようだ。

もうなんでもいい。
なんでもいいからこの暇を潰させてくれ。
今のところディズニーランドで体験したことと言えば羞恥と絶望とトルティーヤチーズドッグが美味しすぎて泣いたくらいなもんなの。
全然夢の国を体験したと言えないの。

早く僕にも夢を見せてくれ!

そう思って喜び勇んで並んだアトラクションは「シンデレラ城ミステリーツアー」でした。

シンデレラ城ミステリーツアー? え? ここってシンデレラが住んでるんじゃないの? 人んちに対してミステリーとかどうなってるの。

朽ちて荒れ果てた心霊スポットでも実はヤクザがその土地をもってて、肝試しで入り込んだやつを捕まえて不法侵入で訴えられたくなかったらカネ払えって言われるシステムあるでしょ。それ適用されちゃう案件でしょこれ。

ダメでしょ。シンデレラんちでミステリーツアーとか。完全に訴えられるでしょ。

ていうか自分ちがミステリーで溢れてるとか住みづらくてしょうがないでしょ。
普通に生活してたらいきなり刑事が乗り込んできて何ですかって聞いたら部屋のひとつをバンと開けるから中を見たら死体があって「これは密室殺人だ!」みたいなこと言い出したら不便すぎるでしょ。
また別の刑事がバン!って乗り込んできて「この電車の時刻表トリックを解決してほしい」とか言ってきたら鬱陶しいことこの上ないでしょ。

どうなってんのシンデレラ。「凶器はガラスの靴です」とか言われるの? 「あたしはやってない!」「ブツは上がってんだ! おとなしくゲロしちまえ!」「刑事さん、違います。シンデレラはやってない」「ああ? 何だお前は!」「僕は金田一。真犯人は僕が見つけます。ジッちゃんの名にかけて!」「はじめちゃん!」とか始まるの? こっちは楽しいけどシンデレラ絶対引っ越すでしょ。ヤクザの追い込みより過激だよこんなの。

そんなことをブツブツ言いながら並んでいると、係のお姉ちゃんが「お連れ様と横2列にお並びください」とか言うんです。

まあ確かにね、きちんと整列して並ばないと。なんかそろそろアトラクションが始まる気配もあるし、整列して並んだほうが前との距離が縮まるしね。
まあ僕は1人だけど。お連れ様とか存在しないけど。

そう思いながらわちゃわちゃしてる楽しげなカップルとか家族連れとかを死んだ目で眺めてると、またお姉ちゃんが「お連れ様と2列にお並びください」

え? 僕か? 僕に言ってんのか?

なにか、僕は手を上げて「すいません、僕は独りできているので僕の横のこのスペースは空いていて当然なんです。……いや、もしよければ、お姉さん。僕と一緒にシンデレラ城ミステリーツアーを楽しみませんか? ここ、空いてますんで」とか言うべきなのか?

それともあれか、お姉ちゃんには微妙に僕の横に並ばない「誰か」が「視えて」いて、その「誰か」に向かって言ってんのか?
それはミステリーじゃない。ホラーだぞ。

そうこうするうちにアトラクションが始まりました。
アトラクションはなんか音声や映像に合わせてお姉ちゃんが芝居みたいなことをしてくやつでした。
それなりに「おー、すげー」と思ったんですが、アトラクションより「お連れ様と横2列にお並びください」のインパクトが強すぎてあんまり入ってきませんでした。

行列では童貞は存在しないものとされる

「独り客はいないものとして運営しています」という手厳しい洗礼を受け逃げ出すように
シンデレラ城を後にした僕は、また園内をふらふらと彷徨います。

まあ彷徨ったところで目に入るのはカップル、カップル、カップル。
オミヤゲ屋さんみたいなところに入ってみても、店いっぱいにひしめくカップル、カップル、カップル。
ミッキー耳のヘアバンドとかつけて浮かれちゃってさ。
こちとら童貞だぞ。ハシャイでんじゃないよ。
そんな呪詛を吐きながら憔悴してオミヤゲ屋さんを出て、再度ハニーハントの待ち時間を確認しに行きます。

しかしあいも変わらず120分待ち。
なんかさっきより行列が長くなってる気もするしこりゃあもう待ち時間が減ることはないだろうなと思い、とりあえず並んでみることにしました。

絶望的に長い行列の最後尾で絶望感を噛み締めて並んでいると、僕の後ろにカップルが並んだんですよ。

またそのカップルがですね、イチャイチャイチャイチャとしてるわけですわ。
わざわざ振り返って見るとかそんなことはしないんですけど、なんかもうそういうのって気配だけでわかるじゃないですか。あ、なんかセックスしてる。セックスというかセックスに準じたものをしている。みたいなのってなんとなくわかるじゃないですか。スライムじゃない。合体スライムだ。この後絶対合体してキングスライムになる。そんな気配をムンムンにさせているんですわ。

まあ別にいいですわ。君たちがフィーバーアクエリオンWみたいに気持ちいい予告しようがそれは禁じられた合体予告しようが僕には関係ないわけですわ。一介の童貞には全くどうでもいいわけですわ。

でもね、君たちなんで僕の横に並んでるの? アレだよ、全然「お連れ様と横2列にお並びください」って言われてないよ。言われてないし僕は君たちのお連れ様じゃないしこれだと横3列になっちゃってるよ。あれあれ。おかしいよね。ねえ彼氏、プーさんのハニーハントの後僕ら2人で君のハニーをハントする流れなの? 3人でホテルとか行く流れなの? それは禁じられた合体じゃないの?

そんなことを考えながら狼狽えていたら、通路のカーブのところで完全に抜かれました。
完膚なきまでに割り込まれた。

そういうとこなんですよ。そういうとこなんです。
カップルってそういうところが良くないと思う。結局自分たちだけなの。自分たちさえ良ければいいってスタイルなの。君たちみたいなのがビニール袋を海に捨ててそれをクジラが食べてお腹壊して打ち上げられてそれをみた人たちが「これはひどい。ビニール袋廃止!」とか言い出して巡り巡って今レジ袋が有料になってるの。レジ袋をゴミ袋として使ってた僕らが困ってるの。全部君たちが悪いの。

そしたら今度僕の後ろに並んだ家族連れの小さい子がね、通路を作るためのロープでめちゃくちゃ遊びだしてね、はずみで僕を蹴ってくるんですよ。1回じゃないっすよ。何度も何度もっすよ。保護者は何をしてるのかっていうと、メシに何を食うかってことを熱烈に議論してるわけ。全然気にしてない。
子供も僕を蹴ってることを気にしてない。
じゃあ僕も気にしない。

ていうかこれもあのカップルが僕の前に割り込まなきゃこんなことにならなかったわけじゃないですか。やっぱりあいつらが諸悪の根源だよ。カップルがいるから戦争が起こるんだ。全部カップルが悪いんだ。

結局ハニーハントに辿り着くまで何回か体当たりまでされました。

しにたい。

プーさんのハニーハントで浮かび上がる童貞

待ち時間を子供のサンドバックとして耐え抜き、ようやくプーさんのハニーハントの入り口へ。
そこで係のお姉ちゃんが「何名様ですか?」と訊いてきます。
僕が人差し指を立てながら「独りです」答えると、一瞬表情がこわばり「っ!……1名様ですね」と笑顔で言われました。

なんかごめんね。

多分「めちゃくちゃディズニーが大好きで1人でも全然ディズニーランド行っちゃう!」って人はオーラが違うんでしょうね。1人でも「楽しい楽しい!」ってオーラを出してるんでしょうね。

一方僕は「しにたい」ですからね。
係のお姉ちゃんからしたら「こんな負のオーラ出してるってことは家族か知り合いかに無理やり連れてこられたんだろうな。独りで来ているはずはない」って判断になるんでしょう。

そこで「何名様ですか?」って訊いてみたら「独りです」ですからね。
これから自殺するんじゃねえかって顔のやつが、独りで、プーさんの、ハニーハント。
こんなもん怖すぎる。
僕ならトラウマになってる。
そりゃ表情もこわばるわ。

そして本の中という設定の内装を歩き、乗り物に乗るところでまた人数を訊かれます。

「独りです」

ここでもお姉ちゃんが「アッ」って顔してた。
「あっ」じゃなくて「アッ」って顔してた。

そんでいよいよハニーハントですよ。2時間待ったハニーハントですよ。

目の前には乗り込む場所が前段と後段の2段ある丸っこい乗り物があります。
後段は前が見やすいようになのか、前段より少しせり上がった形になっています。

これね、すげー嫌な予感がしたんです。
どう見ても4人乗りなんですよ。
どう見ても前段に2人、後段に2人の4人乗りなんですよ。

3人組ならまあ1組で1台ですよね。
2人組なら2組で1台。
とすると、間違いなく僕と他の1組が乗るじゃないですか。
え、なに、下手したら3人組と僕の可能性もあるってこと?

すげー嫌だ。
すんげー嫌だ。

浮かれまくってるやつらと同じ車に乗るってことでしょ?
例えるなら見ず知らずの奴に「俺たちこれからBBQするからお前運転お願いね。運転終わったら帰っていいから」って言われてるようなもんでしょ。

いやいやきついわ。
帰りたい。
もうすべてを捨てて帰りたいお。
おふとんにはいりたい。

せめて、せめて後段にしてくれ。
独りで乗ってる姿を他の人に見られないようにしてくれ。

泣きそうになりながらそう祈っていると、祈りが通じたのか前段に女の子2人組が、後段に僕1人が乗り込む形になりました。

良かった……!!
ありがとう係のお姉ちゃん。
ありがとうプーさん。

乗ってしまえばこっちのもので、前段の女の子2人に僕の姿が見えることはない。
安心してハニーハントを楽しむことができます。

スタートすると乗り物は音楽に合わせて、プーさんの世界観が再現された空間を縦横無尽に動き回ります。

前段の女の子2人はもうテンションぶち上がってまして、プーさんを見つけるたびに「きゃー! プーさんかわいいー!!」とノリノリ。
僕は別段プーさんに思い入れがないのと、乗り物に乗るまでで疲れ果ててしまったので憔悴しきった顔をしてました。

でもまあ本当に良かった。
これ僕が前段にいたら女の子2人に僕の姿が丸見えで「え……? この童貞なんで1人でハニーハント乗ってるの……? 怖い……。緊急停止ボタン押したい……」って思われるところだった。

そう思って安堵しきっていたんですが、あのね、なんなんですかね。

アトラクションの一部に、すっげーデカイ鏡があったんですよ。乗り物全体が映ってもなお余りあるくらいのデッカイ鏡があったんです。
その鏡の前でですね、この乗り物、一瞬止まるんですね。
そんでその鏡にホログラムみたいのがボヤッと映り、そしてまた乗り物が動き出すんです。
ほんと時間にしたら5秒、そんなにないかな、3秒くらいかなってなもんだったんですが、鏡の前に止まったんです。

あのね、鏡じゃないですか。
鏡って姿を映すものじゃないですか。
乗り物全体が映っちゃったら、見えちゃうじゃないですか。
後段にいる僕の姿、見えちゃうじゃないですか。
前段の女の子たち、「ヒッ」てなるじゃないですか。
「ひっ」じゃなくて「ヒッ」てなるじゃないですか。

思いっきり見えてましたからね。
僕も女の子2人の顔が見えましたからね。
僕から見えたってことは向こうからも見えましたからね。

もう気まずすぎる。
絶対女の子2人、緊急停止ボタン押したがってたよ。
そのあともアトラクションは続いたんですけど、女の子2人あきらかにテンション下がってたからね。鏡の前と後で完全にテンションが違ってたからね。
そりゃそうなるよね。
後段に亡霊みたいな顔した童貞が乗ってたらそりゃ楽しめないよね。

まじで意味がわからない。
どうして鏡とか置くの?
誰も幸せにならないのにどうしてそんなことするの?

ホーンテッドマンションでも浮かび上がる童貞

ディズニーランドのカルガモ
当時の写真を発掘したので貼っておきます。友達のカルガモです。

せっかくのハニーハントを、僕のせいで台無しにさせてしまった。
申し訳ない。
童貞が独りでディズニーランドなんかへ来てしまって申し訳ない。

一緒に乗った女の子2人に罪悪感をいだきながら、ハニーハントから逃げ出した僕。
この時点でホーンテッドマンションまでまだあと1時間半もあります。

アトラクションはどれもこれも1時間以上待つことになるので、もうアトラクションに乗る時間はありません。
仕方がないのでふらふらと園内を散策しているとカルガモを発見。

周りがカップルや家族連れでひしめく中、たった独りという異物として存在している僕。
人間の中にいると否が応でも自分が孤独だということを突きつけられる気がして、疲れてしまっていました。
そんな中、人間のことなんか気にせずにヨチヨチ歩くカルガモ。
なんか凄く癒やされた。
独りじゃないって思えた。
なんか泣きそうになった。
このカルガモを1時間半ずーっとみてました。

さて、カルガモに勇気をもらい、いよいよホーンテッドマンションへ。
ファストパスを渡し、颯爽と中へ入ります。

すごい。ファストパスすごい快適。
カップルに割り込まれる事もないし、子供にサンドバッグにされることもない。
最高。ファストパス最高。

アトラクションが始まるまでの待ち時間、カップルが「今ハロウィン期間中だから内容がちょっと違うんだよ」と話をしていました。
なるほどなーと思いつつ、僕は今回が初めてなので違いがわからない。すいません、違いのわからない童貞で。

進んでいくと真っ暗な部屋の中に入り、手足の長い骸骨みたいなキャラクターがアトラクションの前フリをします。

ていうかこの骸骨みたいなキャラクター、後から調べたらジャック・スケリントンっていうらしいんですけど、それすら知らずにホーンテッドマンションに参加しようとしてるのは僕くらいなんだろうなあ。
いや、見たことはありますよ。見たことは。うん、顔は知ってる。

前フリが終わり、次の部屋に進むとC字型の乗り物がズンドコ流れてきて、次々に客が乗り込んでいきます。

僕の番になると、後ろの客と団体だと思ったのかお姉ちゃんが「3名様ですか?」と訊いてきました。

「独りです」

「っ、しっ、失礼しました」

いいんだお姉ちゃん。ごめんな。僕が悪いんだ。
こんな負のオーラを出して独りでディズニーランドなんかへ来るのが間違っているんだ。
お姉ちゃんは悪くない。僕が悪いんだ。生きていてすみません。

いよいよ乗り込む段になったんですが、あのね、C字型の乗り物、2人乗りなのよ。
ハニーハントの苦い思い出が蘇るわけ。

え、まさかアカの他人同士2人で乗らせないよね?

ていうか1人余るってことはその人3人組でこぼれた人でしょ?
いやいや流石にかわいそうでしょ。
僕もかわいそうだし、その人もかわいそうでしょ。
ダメダメ、そういうの良くないよ。
いいじゃん、先っちょだけ。先っちょだけだから。
ダメダメ、ちょっと離れて。ダメだったら。
ちょっとだけだからさ。な? な?
ダメーーーッ!

うん、アカの他人と2人乗りだった。

いやー、マジでかー。
いやまあ仕方がないよね。
待ち時間は甚大だし、効率よく客をさばいていかないといけないもんね。

大丈夫、真ん中でわりとガチッと仕切られてるおかげで、そんなに気にならない。
いけるいける。
大丈夫。僕は頑張れる。

そんなわけで僕と絶望と見知らぬ人を乗せてC字型が走り出します。

内容的にはハニーハントと同様で、音楽に合わせて乗り物が動き、ホーンデッドマンションの世界を体験していくというもの。
手足の長い骸骨=ジャック・スケリントンがクリスマスを祝うというお話のようです。

この骸骨が浮かれ散らかして「俺はクリスマスが大好きだ! ホー! ホー! ホー!」とか夜の鳩の鳴き声みたいなこと言ってました。とことん童貞を攻め立ててくるスタイル。

あのな、こちとら童貞で、クリスマスなんか爆発しろって考えなわけ。
君たちが考えなしに言う「BBQ! クリスマス! LOVE! SEX!」みたいな言葉で、傷つく人間がどれだけいるのか。そういうことを考えたことはありますか?
クリスマスイブのインターネット、みたことありますか?

クソ骸骨が浮かれやがって、お前の頭を机に飾って蝋燭立てにしてやるからな! なんかよくわかんないけど魔術師の部屋にあるようなアレにしてやるからな! とか思いつつ進行方向に目をやると、なんかね、見覚えのあるものが見えてきたんですよ。

え、やだ、ちょっとまって、あれってもしかして鏡じゃない?

今乗り物は僕たちが向いてる向きに対して右側に進んでいっているんです。
C型の乗り物が電車の長椅子のような形に一列に並んで進行しているんです。

鏡はかなりデカイので、多分、これ、隣の人の、顔が、見える。

ごめんごめんジャック、ごめん。
クソ骸骨とか言ってごめんなさい。
謝る。
謝るからもうこの乗り物から降ろして。
お家に帰して。
クリスマス最高! 大好き! ね、これで許して。
鏡はやめて。
ダメ、鏡だけは許して。
もう鏡は嫌だお。

無情にも乗り物は進んでいき、案の定がっちり隣の人の顔が見えました。
隣の人にがっちり顔見られました。
多分僕、ジャック・スケリントンよりジャック・スケリントンみたいな顔してたと思う。

ちなみに鏡には例によって一瞬ホログラムが映りました。
どうでもいいわ。

ほんとね、もう1回言うね。

まじで意味がわからない。
どうして鏡とか置くの?
誰も幸せにならないのにどうしてそんなことするの?

大衆の中で取り残される孤独感

僕は思い知りました。

童貞が独りでディズニーランドへ行っても、楽しくない。
ディズニーランドは夢の国なんかじゃない。

童貞が独りで行っても、夢を見させてくれる場所じゃないんだ。
自分が孤独だということを、自分が童貞だということを痛いほど再認識させられる場所なんだ。

行き交う人々はみんな家族や友達、カップル。
しかし僕は童貞で、孤独です。

みんな楽しくディズニーランドを満喫していますが、僕は独りであるといことを事あるごとに突きつけられ、楽しむことができません。

大衆の中に取り残されることによって、より孤独感が強くなるのです。

ずっと独り、ただただ孤独に耐えてアトラクションに参加する。
これは千砂が感じている孤独感に似ているのではないでしょうか。

千砂は孤独でした。
周りには父親や主治医である水無瀬がいて、愛情を注いでくれてはいました。
しかし、千砂の孤独を本当に理解できるのは、千砂と同じ高城の血を持った人間だけなのです。

父親は婿入りをして高城姓になっただけですし、水無瀬はそもそも他人です。
唯一同じ血を持っていた母は、幼少の頃に亡くなっています。

千砂はずっと孤独でした。

わたし達は羊の群れに潜む狼なんかじゃない。牙を持って生まれた羊なのよ

高城の血ともともとの病弱な身体で、千砂は独り昏い未来へと進んでいたのです。

千砂は一砂と出会えたことで救われた

羊のうた 千砂

もう帰ろう。

ホーンテッドマンションを出て、僕はもう疲れ果てていました。
周囲の人すべてが敵に見えました。

何が夢の国だよ。

ただただ無駄に長い待ち時間。
割り込んでくるカップル。
体当たりしてくる子供。
こわばった表情の係のお姉ちゃん。
辱めをしてくる鏡。

何が夢の国だよ。
ただただ苦痛に耐えるだけの場所じゃないか。
バカみたいだ。
やっぱり童貞はこんなところにくるべきじゃなかった。
薄暗くカビ臭い部屋でインターネットをしているべきだったんだ。

もはや憎しみすら感じながら出口に向けて歩きだすと、15分後に「パンプキンパレード」が始まるという園内放送が入りました。

園内を徘徊しているときにもちょくちょくパレードをやっていて、それを横目で眺めたりはしていたのですがしっかりとは見ていませんでした。

どうせだから見ていこうかな。

ハニーハントやホーンテッドマンションで鍛えられた今の僕にとって15分の待ち時間なんてまばたき程度だ。

オレンジジュースを買って適当なところに陣取ると、パレードが開始されるまでに様々なことが行われているということがわかりました。

係のお姉ちゃんが笑顔でパレードの通路作りをする。
ローラーブレードのゴミ拾いをする兄ちゃんが、コミカルな動きをしてゴミ拾いひとつで子供を楽しませる。
また別の兄ちゃんがすごい笑顔で「パンプキンの踊り」をみんなに教えてくれる。

パレードをやるたびに、こんなに大勢の人たちが関わっていたんだ。
しかもみんなすごい笑顔で。

そうこうするうちに「パンプキンパレード」が始まりました。

これがですね、めちゃくちゃ面白いんです。
横目で見ていたときには気づかなかったんですが、真剣にみているとめちゃくちゃ面白い。

キャラクターや踊り子が行進してくる様子は大迫力だし、ドナルドのコミカルな動きを見ていると思わず笑ってしまう。
踊り子たちもみんなすごい笑顔で踊ってる。

本心はわかりませんが、見ている分には「本当に踊ることが大好きなんだろうな」「本当に僕たちを楽しませようとしてくれているんだろうな」と感じるんです。
見ているこっちまで楽しくなってくるんです。

さっき通路作りをしていたお姉ちゃんも、こちらに気を配りながらものすごく優しい笑顔なんです。

さっきまで「カップルはしね」とか怨嗟にまみれていた僕がですね、あの、感動してるんですよ。感動して泣きそうになってるんですよ。なんならちょっと泣いてるんですよ。

パレードの演者ももちろん素敵なんですけど、それ以外の通路を作るお姉ちゃんとか、ゴミ拾いのお兄ちゃんの優しい笑顔にめちゃくちゃ感動したんです。
そんな優しい笑顔初めて見た。
こんなに癒やされたのカルガモ以来ですよ。

完全に救われました。
パレードに、というかパレードの準備をするキャストの笑顔に救われました。

パレードを見ずに帰っていたら、ディズニーランド=クソというイメージしか残らなかったでしょう。
でもキャストの方々の笑顔をみたことで、キャストの方々の愛が見えたことで、嫌な思い出だけで終わることにはなりませんでした。

千砂も、一砂に出会うことで救われたんだと思います。

理解し合える相手のいないまま、孤独だった千砂。
しかし同じ血をもつ本当の理解者である一砂と出会います。

最初は確かに父親の代わりだったのかもしれません。
しかし、2人で一緒に時を過ごすことによって、それは本当の愛に変わりました。

あなたに会えたから、わたしは父さんの影から逃れることができた。
あなたを弟でも、父さんの代わりでもなく愛したわ。
本当よ。命をかけて……。

千砂にとって、高城の血は愛憎に満ちたしがらみでした。
父親が死に、これでしがらみから解放されると思いました。
しかしそうではなかった。
今度は父親の影が千砂を蝕み続けます。

愛憎にまみれた高城の血。

だけど、一砂と出会えたことによって救われました。
父の影から逃れることができ、血は2人を繋ぐ絆になりました。

牙を持って生まれた羊は、孤独ではなくなったのです。
普通の女の子として、充実した日々を送ることができたんです。

僕がパレードに救われたように、千砂は一砂に救われたのです。

そんなことを考えながら、僕は羊のうたを閉じました。

羊のうたもパレードも、ほんと泣ける。
読後感めちゃくちゃ重たくて「ああああああああああああ!!!!」って叫びたくなりますけど、ほんといいお話です。

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日記

Posted by たくろう