エロ漫画ブルース

道端に雑誌が捨ててあると、一瞬体が固まり、その雑誌を凝視してしまう。
そして「ああ、なんだ。ヤンジャンか」と、肩透かしをくらったような一抹の怒りと、少しさみしい気持ちになる。

「エロ本じゃねえのかよ」と。

僕と同年代の男性諸氏は、思い当たるところがあるのではないでしょうか。

女性はどうなのかわからないのですが、基本的に僕ら男性ってのはエロが大好物なんですよ。

川でエロ本と子猫が溺れていたら、一瞬迷って両方助ける。
それくらい僕らにとってエロとは大切な存在なんです。

まあ女性からしたら「ホント男ってバカ」「迷うもなにも子猫一択だろうが」「子猫を助けてお前が死ね」とか思ってしまうことでしょう。
両方助けるって言ってるんだからいいじゃんか。

そんな風に、女性の理解を超えた、男性が情熱を燃やす宝物、それがエロなんです。

僕がまだ、若かったあの頃。

当時の僕は、家族でアパートに住んでいました。
1棟4部屋くらいのアパートで、それが4棟。
アパートの周りには普通に戸建ての家があったり、戦後の闇市かなって感じの、やたら旨いキムチを売るバラックみたいな建物があったり。
田舎だったので、アパートの裏には割と広めな駐車場が広がっていました。

そのアパートの裏の駐車場で、友達とよくサッカーなんかをして遊んでいたんです。

そんなある日。
その日も飽きずにサッカーをしていたんですが、ボールを蹴りそこねて闇市みたいなキムチ屋の裏手の狭い茂みみたいなところにボールが入っていったんです。
何の気なしにガサガサと茂みをかき分けボールを取りに行ってみると、そこには表紙にやたらと肌色を多用された漫画雑誌が。

なんだろうと手にとってページをめくってみると、なんか女の子のキャラクターが「んぉおぉっ!」みたいなこと言ってるんです。
おっぱいとか丸出しにして「おほおっ!」みたいなこと言ってるんです。

間違いない。
これは間違いなくエロ本だ。

いや、エロ本というかエロい漫画だ。
エロ漫画だ。

一気に胸が高鳴り、そして戸惑いました。
何故なら当時僕らの間では、「学校でウンコをする」というのと同じレベルで「エロいやつ」というのは大罪だったからです。
このままではヤバい。
このままエロ漫画を手にしているのを友達に見つかったら、僕はエロいやつという十字架を課せられてしまう。
「スケベのたくろう」「エロたく」「エろう」とか、そういった頭の悪そうなあだ名を命名された挙げ句に村八分にされてしまう。

慌ててそのエロ漫画を元あった場所に戻し、ボールを持って戻りました。
ただボールを取りに行っただけなのにやたら時間が掛かっていたことを不審に思った友達は「なにかあった?」とか聞いてきたんですが、もちろん僕は「いや、何も」と実力派若手俳優みたいな演技力でその場を乗り切りました。ほんと芦田愛菜か僕かってレベルの演技力だった。

その後も引き続き友達とサッカーに興じていたんですが、もう頭の中はエロ漫画でパンパン。
早くエロ漫画をじっくり読みたくてしょうがなかった。
友達早く帰らねえかなとか思ってた。

そして夕方になり、友達が帰るのを笑顔で見送ると、僕は一目散にキムチ屋の裏に走りました。
ほんともうメロスみたいだった。セリヌンティウスが心配でたまらなかった。
息を切らせてたどり着くと、そこにはさっきと変わらずほぼ肌色みたいな表紙のセリヌンティウス、いや、エロ漫画が鎮座されており、僕は震える手でそのエロ漫画のページをめくっていきました。

エロい……!!
エロすぎる……!

わかりますか、この感動が。
エロ漫画ってめくってもめくってもエロいんですよ。
ずっとずっとエロが続く。
広告までエロい。

切っても切っても皮の玉ねぎみたいなんですよ。
いやこれはわからないっすね。

インターネットの発達により、最近のジャリガキ共はエロいものに困らないと聞きます。
ちょっと検索窓にエロっぽいキーワードを叩き込めば、全画面肌色。
エロの飽食の時代です。

しかし、当時の男の子たちのエロといえば、せいぜいのところ藤子不二雄F先生の描くしずかちゃん程度。
しずかちゃんの胸にあるこの点はインクのシミなのかそれとも藤子不二雄F先生による女体の表現なのか、それによって興奮度が全然違う。
よく腐女子が「スーツを着てる男子がメガネを付けると興奮度が7割上がる」とか言ってますけど、僕らにとってのインクのシミがまさにそれで、これがシミなのか先生の表現なのかで興奮度が7割違う。ちょっと何言ってるかわからない。
それくらいのエロ飢饉の時代でした。

そんな時代において、特にエロいモノを手に入れる術を持たない僕ら男の子にとっては、このエロ漫画はまさに砂漠のオアシス。
まさしく降って湧いた僥倖。ドラクエにおけるロトの剣に等しいものなのです。

まさしく宝物。

そんな宝物を前に緊張なのか興奮なのか、心臓はバクバクと脈打ち、手はガクガクと震える。
ついに最後まで読み終わったとき、思わず放心してしまいました。
そして学んだことは「エルフは耳を触られると弱い」という今後の人生において一切役に立たないであろう謎の知識でした。
「みみはダメえ! 甘噛するなああ!」じゃねえよ。

そして次に考えたことは、「この宝物をどうしようか」ということでした。

こんな素晴らしい財宝をこのままこのバラックのようなキムチ屋の裏に捨てておいて良いものだろうか。
他の誰かに奪われやしないだろうか。
雨に濡れてはしまわないだろうか。
ビショビショになって風邪をひきやしないだろうか。
ご飯はちゃんと食べていますか?
友達はできましたか?

そんな大学生になって初めて一人暮らしを始めた子供を持つ親のような気持ちになっていました。

これは保護するしかない。
幸い僕には「学習机」という、引き出しが7個くらいある要塞のような机が与えられている。
この中の鍵がかかる引き出しに入れておけばとりあえず見つかることはないだろう。

そう決意した僕は、Tシャツの中にエロ漫画をしまい込み駆け出しました。

そうして無事にエロ漫画を保護できた僕は、いつでもエロ漫画を自由に堪能できるという自由大国アメリカのようなフリーダムを手に入れたのでした。

しかし人間とは罪深いもの。

あれほどまでに僕を興奮させたエロ漫画も、何度も何度も、それこそビジネホテルのサイドチェストに入ってる聖書のようになるまで繰り返し繰り返し読むことで、あろうことか飽きてきてしまったのです。

あれだけ僕を興奮させたエルフの耳も「ああ、君、耳が弱いんだよね」程度の、はぐれメタルと遭遇したときよりも劣る程度の興奮度になってしまっていました。

そんな折、ふとまたキムチを売ると見せかけて違法なブツをやりとりしていると言われても信じてしまいそうなオーラを醸し出しているキムチ屋の裏の茂みを覗いてみたんです。

「ふ、増えてる……!」

あろうことか、そこにはなんとエロ漫画が3冊、無造作に捨てられていたのです。

これはどうしたことか。
僕が知らない世の理があり、エロ漫画が生える種とかが存在するのだろうか。
キムチ屋の店主は実は錬金術師で、イモリか何かから気まぐれにエロ本を生成しているのだろうか。

僕は確信しました。
ここはエロ漫画鉱山だと。
エロ漫画が湧き出てくる特殊な地場があるんだと。

それから僕はそのエロ漫画鉱山に足繁く通うようになりました。

今日は増えていない、今日は増えてる。
今日はなぜかラインナップが変わっている。
無くなってる!

エロ漫画鉱山は僕の日常の中にエロ漫画というスパイスを提供してくれていたのです。

そして時は経ち、僕は多感なお年頃となり、バレー部に所属しました。

このバレー部の面々は本当にアホで、エロい話をすると村八分にされていたあの頃とは打って変わって、もうエロい話しかしないんです。

「左手でやってみると良い」

「膝を立ててそこから腕を通してやってみると他人感があって良い」

「小指にマニュキュアを塗って小指だけ立ててやると良い」

とか、もう何の話をしているのかちょっと僕の方から明確には言えないんですけど、まあオナニーの話なんですけど、こんな風に完全無欠の頭の悪さを発揮している面々なんですよ。

そんな奴らなもんですから、僕の所有するエロ漫画鉱山の話をするともう食いつく食いつく。
あっという間に僕のエロ漫画鉱山は皆のエロ漫画鉱山となりました。
権利的にはキムチ屋のエロ漫画鉱山なんですけど。

しかし需要と供給のバランスは難しいもので、多人数で掘削を続けていれば枯渇するのも早くなります。
エロ漫画鉱山も枯れたとまではいきませんが、明らかに供給が追いつかない状況になります。
僕らの性欲が枯れる前にエロ漫画鉱山のほうが枯れそうになっていったのです。

人間の歴史は戦争の歴史です。
戦争の歴史は侵略の歴史。
侵略とは資源を求めた結果です。

歴史は繰り返す。
僕らは新たな資源を求め、他の土地へ繰り出しました。

するとまあ、なんなんですかね。
僕の住まう土地柄なのか、時代背景的なものなのか、まあ探せば第2第3のエロ本鉱山が見つかるんですわ。
自分の生まれ育った場所の土地柄がエロ本鉱山とかイヤですけど。
ふるさと納税がの返礼品がエロ本とかイヤですけど。

しかし当時の僕らからしたら、これはありがたいことこの上ないんですよ。
部活が終わった後、僕らは宝探しに繰り出します。

あの給水塔の下にエロ本鉱山がある。
あのバイパス沿いの茂みには高確率でエロ漫画が捨ててある。
あのマンションの階段のデッドスペース的なところにはエロビデオが捨ててあるときがある。

エロビデオですよ、エロビデオ。
当時の僕らにとっては完全にオーバーテクノロジーですよ。
しかもきちんとパッケージに収まった完全な形で捨てられているんですよ。

これを発見したときの感動ったらない。
きっとエジプトで初めて完全な状態のミイラを発見した学者とかこんな気持だったんだろうな。

バレー部の面々で唯一自室を持っていて、しかも自分だけのTVとビデオデッキを持つという国王並の富を所有していた中村君の家で上映会ですよ。

こんなアイテムがドロップされるあのマンションにはどんなやつが住んでるんだ。
きっと菩薩だよ、菩薩。
自分の全てを分け与える愛に満ち溢れた菩薩のような方がいらっしゃるんだよ。

そんな話をしながら、菩薩の愛に打ち震えつつ映像を目に焼き付けたものです。
菩薩の愛に上からも下からも涙を流したものです。

それ以外にも、深夜、掘っ立て小屋みたいなところの中にあるエロ本自販機まで胸を高鳴らせながら行ったらそのラインナップのあまりのそそらなさに意気消沈してみたり、国道沿いにおもむろに現れる「本・DVD」とか書かれたショップに入店したら眼前すべて肌色で腰を抜かしていると、入ってすぐのレジに鎮座されている妖怪みたいなオバちゃんに「あんた何歳?」とか聞かれて「じゅ、18です」って答えたら「ふぅん、あと5年したら来な」とか言われたり、明らかに怪しいリサイクルショップのエロ関連の品揃えが恐ろしいという噂を聞きつけ、チャリで20キロくらい走行してみたり。

アホでした。
僕らは完全無欠に頭が悪かった。

でも、それは間違いなく青春でした。

いつ頃からだろうか。
捨ててあるエロ漫画に心が踊らなくなったのは。

いつ頃からだろうか。
雨に打たれてベロベロのエロ漫画をドライヤーで乾かし、破れないように慎重にページを捲っていくことに尋常じゃない熱量を傾けていたあの気持ちが冷めてしまったのは。

初めてエロ漫画を手にしたときの感動。
エルフは耳が弱いという知識を得たときの興奮。
あの頃のエキサイティングな気持ちは失われてしまった。

今や僕にとって、エロ漫画は宝物ではなくなってしまったのだ。

人は希少性に価値を感じるものだ。

あの頃のエロ漫画は間違いなく希少だった。
完全無欠のレアだった。

しかし今や、エロはインターネットによって、あの頃からは想像もできないようなエロさが、想像もできないような物量で手に入るようになってしまった。
僕にとって、エロはまったくレアな存在ではなくなってしまったのだ。

僕の宝物は失われてしまったのだろうか。

いや、そうではない。形を変えたのだ。

あの頃、バレー部の面々とエロという財宝を探し、迷い、笑い、時に泣いた日々。
エロ談義に情熱の全てを注ぎ、エロ本の探索に膨大な時間を費やし、まだ見ぬエロ本の発見に興奮した。
エロ本を買うのに誰がレジに行くのかという骨肉の心理戦を繰り広げ、ジャンケンによる決定に全神経を集中させ、完膚なきまでに負けた僕がレジに持っていくと「いやあ、まだ君には売れないかなあ」とか言われてただただ辱めを受けた。

エロという宝を探し求めた日々と仲間たちとの思い出。

それが僕にとっての宝物になったのだ。

あの頃の青春。
それこそがエロ漫画が僕にくれた宝物だったんだ。

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