タイムマシーンハンバーグ

その日、僕はハンバーグを作っていた。

ハンバーグってわりと男性の好きな食べ物の上位にランクインしますよね。
まさに肉の塊! といった風貌と、口に入れたときの溢れ出る肉汁。
ご飯との相性バツグンの濃い味付け。
僕も例にもれず、ハンバーグは大好きです。

しかし、作ってもらったり、お店で食べたりするのは全然良いんですけど、自分で作るとなるとどうしても億劫になる。
「今日ハンバーグ食べたい!!」と心の底から思ったとしても「……うーん、鶏もも肉グラム76円だからソテーにしよ」となってしまう。

それはやはり、「作るのが面倒くさい」というのが大きな理由になると思うんです。

ハンバーグを作るのは、基本的に難しいことはありません。
ただただ、絶望的に面倒くさいんです。

ハンバーグを作る工程として、まず玉ねぎをみじん切りにして炒めます。
もうこれが面倒くさい。
玉ねぎをみじん切りにしたことがある方々はご理解いただけると思うんですけど、まず玉ねぎの繊維を断つように切れ目を入れて、次に玉ねぎの繊維に沿って切っていきある程度細かくするじゃないですか。もうこの時点でそのある程度細かくなった玉ねぎが散らばりまくり、まな板の上を圧迫するじゃないですか。玉ねぎが飛び散ってすでにゲンナリするじゃないですか。
そこから更に細かくするために包丁を当てていくんですが、これが本当に面倒なんすよね。ストレスで人を殺せるなら5人くらい殺せるんじゃねえかってレベルで面倒くさい。

そしたらその玉ねぎを飴色になるまで炒めるんですけど、これがまた時間がかかる。
精神と時の部屋に迷い込んだのかなってくらい、この玉ねぎだけ時間止まってない? ってくらいなかなか飴色にならない。

それを今度はひき肉と卵とツナギと一緒に混ぜるんですが、このときひき肉を常温に戻しておかないと手が冷たくて本当にやる気をそがれるんですよ。なんでこんなに冷たいの? ってなる。
まるで汚物を見るような目で父親を見てくる年頃の娘の視線並ですよ。どうして? 小さい頃はあんなに懐いていたじゃない。お祭りでわたあめ買ったじゃない。なんで? っていうくらいに冷たい。

それを粘りが出るまで混ぜろっていうんですからもう気が狂っているとしか思えない。
僕は前世で南極に犬を放置した罪を犯したのかなってレベル。この世の大罪を全て背負ったのかなって思ってしまうくらいに辛いんです。

まあそんな手間ひまかけられたハンバーグってのはやっぱり美味しくて、食べているときには全てを忘れて幸福になれるんですけどね。

この幸福になるってのは、ハンバーグ自体の美味しさももちろんありますが、懐かしさというスパイスも入ってくるのではないでしょうか。

ハンバーグは肉じゃがや味噌汁なんかと並んで「おふくろの味」としてもランクインしてきます。
小さい頃に食べた、母が手間ひまかけて作ってくれたハンバーグ。
それは何気ない日常の一コマだったかもしれませんし、誕生日なんかの特別な日のごちそうとして出てきたのかもしれません。
あの頃の思い出が、ハンバーグをより美味しいものにしてくれているんですね。

幼い頃を思い返してみると、僕はあまりハンバーグの思い出ってないんですよ。
いや、あるにはあるんですが、うちでよく出てきたのはひき肉のハンバーグではなくて、魚のハンバーグだったんです。
多分イワシかなにかのすり身をハンバーグ状にして焼いたものなんですが、母はこれを「どらやき」と命名していました。

何がどうなってどらやきと名付けるに至ったのかは皆目検討がつかないのですが、これが高確率で食卓に上がっていました。
僕にとっての「おふくろの味」のひとつは、このどらやきでした。

そんなことを考えながらハンバーグを食べていると、ひとつの思考にたどり着きます。

「ハンバーグは子供の頃とおっさんを繋ぐ魔法の食べ物だ」

ハンバーグは美味しくて大好きな食べ物のひとつなんですが、おっさんになってくると少し重たく感じることがあるんですよね。
肉の質量というか、牛と豚の怨念というか、そういったものに社会の荒波というストレスにさらされ、弱りきったおっさんの胃腸は耐えきれない。

ハンバーグは食べたい。
でも胃腸が弱っているからアッサリとしていてほしい。
「そうだ、胃腸に優しい大根おろしとか乗っけて、ポン酢掛けて食べたろ!」
こういった要望から「和風ハンバーグ」というものが誕生したのではないでしょうか。

胃腸が弱っていたとしても、どうにかしてハンバーグを食べる。
毒があるとわかりきっていてもどうにかしてフグを食べるみたいなアパッチ魂を感じますが、そこまでハンバーグがおっさんを駆り立てるのは、やはりハンバーグが子供の頃とつながっているからだと思うんです。

「もしハンバーグが現在と子供の頃を繋ぐタイムマシンだったとして、僕は過去に戻ったらどうするだろう」

僕は一時期、人生に絶望していて、マジで過去に戻りたいと願ってやまない時がありました。
戻れるわけなんかないのにあまりに戻りたすぎて色々検索しまくった結果「幽体離脱できるまで頑張るスレ」みたいなのを発見したんですが、そこで幽体離脱すると意識を保ったまま夢の中を自由に行動できる明晰夢のような状態になることができて楽しいだとか、幽体離脱する時に戻りたい過去を強く念じていると過去に戻れるだとかいう話を信じて、真面目に幽体離脱してやろうと躍起になった時期があったんです。

幽体離脱の方法としては「肉体は寝ている状態で頭だけが覚醒している状態を作り、自分の前面に意識だけを浮かすようにする」とかまったくもって意味がわからないやり方が書かれていて、実際やってみていたんですが、まあ寝るんですよ。やるたびやるたび寝る。すぐに寝ちゃう。
肉体が寝ている状態ってそれただ寝ている状態だからね。そりゃ寝るよ。

それでも幽体離脱を諦めきれず「要は自己催眠のようなものだから催眠にかかりやすくなれば成功率があがる」とかいう話を読み、なるほどそういうものかとトレーニングのために催眠音声というものを探します。

催眠音声というのは聴く人を音声で催眠状態へ誘導するというもので、その多くは催眠状態となり心からリラックスすることで日頃のストレスの解放やメンタルを整えるという効果を目的とするものです。

まあ探してみると普通に健全な「体が重たくなります。でも頭は晴れやかです」という音声もあるんですが、なんかエロいものもあるんですよね。
導入は同じように「右腕が重たくなります。気持ちいい」って感じの話なんですけど「体が重たくなります。気持ちいい。ほら、私の言うことを聞くのはきもちいい。そうでしょ?」みたいなことを言い出して「服を脱いで裸になります。気持ちいいでしょ?」とかいう下りで完全におかしくなっていき、最終的に「ほら豚ァ! 私の言う通り乳首をつねって気持ちよくなりなさい! 『全裸で乳首つねって気持ちいいです』ってちゃんと言うのよ!? 豚らしく情けなく鳴いてみなさい! アハハハハハハハ!」みたいな気が狂ったとしか思えないような話にもっていく催眠音声もあるんです。これがマジで興奮する。ピギィ! って鳴いちゃう。全裸で乳首つねって気持ちいいでしゅう!! って言っちゃう。 あれ、これ何の話でしたっけ。

いやまあ、そんな感じで幽体離脱しようとして寝たり、自己催眠トレーニングしようとして豚になったりと色々やってみたんですが、当たり前に過去に戻れず今を生きています。

大体がですよ、僕みたいなもんが過去に戻ってみたところで本当に人生を変えることなんてできるのか、というところに行き着くんですよ。

あの時に戻っていたら、当時の彼女と今も続いていただろうか。

あの時にこうしていたら、もう少し良い生活をしていただろうか。

過去に戻れたら、今とは違った仕事ができていただろうか。

せめて催眠音声にノッて「ピギィ! 私は豚でしゅう!!」とか言ってた時の自分だけはぶん殴りたい。

今でもふとそう考える時はありますが、それはイコール「今の生活を捨てる」ということになるんですよね。
あの時に戻ってやり直してしまえば、今自分を取り囲む人たちと出会わなかったかもしれない。
こうしてブログを書いていないかもしれない。
まかり間違ったら、今のこの年齢まで生きていないかもしれない。

そう思い、よくよく考えて出てきた結論は「まあ、今のままでも悪くないかな」ということなんですよね。
もちろん100点満点の人生を生きていたか、といわれればそれはNOです。20点くらいの人生です。
でも、その20点の人生を歩んできた僕と友だちになってくれた人がいる。
愛してくれた人がいる。
それはそれで、悪くはないことだよな。
そう思えるようになりました。

それでも過去に戻れるなら。

「魚のハンバーグあるじゃん。あの頃よく作ってくれた『どらやき』。あれの作り方、教えてよ」

今は亡き母に、それを聞いてみたいと思います。

 

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