締め切り破りの1,000円

社会人になると、様々な締め切りに追われることになります。

期日までの提出物であったり、期日までの成果であったり。
その期日まで、締め切りまでに決められたものを提出しなければ、様々なリスクを負うことになります。

僕は有料老人ホームに務めるしがない介護士なんですが、キャリアが10年以上あるのに未だにヒラのヒラという完全無欠のダメ人間。
僕より後に入ってきた後輩たちがブリブリと出世するのを尻目に、ひたすらに老人の尻を拭いています。
老人の尻を拭く前に僕の涙を拭きたい。
感染リスク的な観点から見ても、尻を拭く前に涙を拭いておきたい。
そんな日々を過ごしています。

介護士というのは他の仕事とは違い、明確な成果はありません。
例えば営業職であれば月の売り上げがいくらだったとか、前月と比べて何%売上が上がったとか下がった、そういったことで評価されます。
明確に数字が出るので、評価がわかりやすい。

しかし介護士は、例えばホームの入居率を上げるために直接何かできるかというと、ほとんど何もできません。
内覧の件数を上げるというのは営業の仕事ですし、内覧で良いイメージを持ってもらうトークなんかも営業の仕事。
僕らにできることと言えば、内覧があった時にビシッと挨拶をするとかその程度です。

具体的な数字で評価がしにくい、それが介護士なんです。

なので、僕が働いている老人ホームの管理者なんかはハッキリと「提出物の期限を守っているかどうかで、普段の行いを判断する」と言っています。

決められた期日をしっかり守っているか。
社会人として当然の行いをやれているか。
締め切りを守れるか。
そこですべてを決める、そういうことですね。

しかしですね、正直僕は納得いかない部分があるんですよ。

締め切りを守る。
それは確かに大切なことです。
社会人として、期限内に決められたタスクをこなすというのは当たり前のこと。それはわかります。

でもね、介護士としての仕事ってそこじゃないじゃないですか。
いかに利用者さんに快適に過ごしていただくか。
楽しく、安楽な生活が提供できるか。
利用者さんに危険なくベッドから車椅子へ体を移せるか。
キレイにチンコを洗うスキルがあるか。
そういうことだと思うんですよ。

確かに「利用者さんが快適に過ごしているかどうか」なんて判断はかなり難しい。
でもだからと言って「提出物の締め切りを守れているかどうかで評価する」なんてのは暴論ですよ。
洗ったあとのチンコがどれだけキレイだったかを評価にしてもらったほうがまだ納得できるってなもんですよ。
なんならヤクザが乗ってる黒塗りのレクサスくらいビカビカにしてやるぞって話なんですよ。

またねえ、僕の努めているホームはちょっと狂ってまして、毎月検便の提出があるんです。
毎月ですよ、毎月。
月イチよ、月イチ。
ルナルナで管理しましょうか? って話なんですよ。
こんなのもはや趣味なんじゃねえかなって思っちゃう。
上層部にそういう性癖のヤツがいて「合法的にウンコを集める手段を編み出した!」とか言ってるんじゃねえかなって思っちゃう。
ふざけんな、違法だよ。

もちろんこの狂った果実のような検便制度にも締め切り、提出期限があります。
大体月半ばから検便キットの配布が始まり、期日は月末。
締め切りがある提出物ということは、これを出すかどうかで僕の評価が変わってくるわけです。

もうね、これがストレスでストレスで仕方がないわけです。

いや、僕が絶望的な便秘であるとかそういうことではないんですよ。
スパムメールほどではないけど、仲の良いメル友がいるなってくらいにはきます。何言ってるかわからないんですけど、まあほぼ毎日お通じはあります。

ただ、当然ながらウンコを出した後に検便キットで採取しなければならないんですよ。
爪楊枝2本分くらいの長さで先端に輪っか状の取っ掛かりがあるキットで、ウンコを採取しなければならないんです。
これがめちゃくちゃストレス。

検便キットでウンコを採取するためには、細心の注意を払ってウンコをしなければなりません。

たとえばウサギちゃんみたいなカッチカチのコロッコロのウンコが出たとしましょう。
これはもう採取できません。
何故ならこいつらはトイレの水溜りの奥底に転がって行ってしまうんです。
爪楊枝2本分程度の検便キットの長さでは、指先をこのトイレの水溜りの中にまで突っ込まないと採取できないことになります。
こっちはね、そこまでして採取したくないわけですよ。
たかだか会社の評価のために、手を糞尿にまみれさすのかって話なんです。
そんなことするかと。
ナメるんじゃねえと。
そんなわけでこの場合は、僕の評価とともにウンコを水に流すしかありません。

また、トイレの水溜りの深さにも注意が必要です。
どんな量のウンコでも受け入れますよ、とばかりに懐の深いトイレの水溜りがありますが、あまりに深い水溜りでは並のウンコでは飲み込まれてしまう可能性がある。
ウンコの総量が少ないと、全てを飲み込まれてしまう場合があるんです。
これを防ぐために予めトイレットペーパーを敷いておくんですが、あまりに質量の高い、密度の濃いウンコではこのペーパーごと水溜りの深部に引きずり込まれるという悲しい事件も発生します。
こんな時は、僕のウンコはメテオだったんだと諦めるしかありません。
FF7ではメテオはすべてを滅ぼす破滅の魔法とされていますが、このメテオウンコは僕の評価を滅ぼす破滅のウンコだったんだと思うしかない。

このような幾多の苦難を乗り越え、毎月毎月、会社の上層部の人間の性癖のためにウンコを提出しているわけです。
こんなストレスフルでバカバカしい提出物があるかって話なんですよ。
もうこの検便のためだけに犬とか飼いたくなってくる。
人間の体内には存在しない謎の菌とか検出させてやりたくなってくる。

そう、段々どうでもよくなってくるんです。

もう評価なんてどうでもいい。
もう出世なんてどうでもいい。

介護職なんて、役職がついたところで面倒なことを押し付けられてさしたるお金ももらえない。
上からの指示を下に流して、下からは小突かれて。
そのためにこんなアホのような締め切りを守って、評価なんて得なくてもいい。
どうせなら僕のメテオウンコを会社に落としてやろうか。
お前らどうせホーリーとか使えないだろ。
人のウンコを集める性癖を持ってるやつに聖性なんてないだろ。

そういう考え方に至ってしまい、ある時、僕は締め切りを破ったんです。
ウンコの提出期限までに、ウンコを提出しなかったんです。
「ウンコの提出期限」って改めて文字にするとやっぱ狂ってる。

そうするとまあ、まじで上司が破竹の勢いでウンコを要求してくるんですよ。
「もう提出期限は過ぎています」
「至急提出してください」
「評価に関わりますよ」
「ウンコ出ましたか?」
「ウンコ出しましたか?」
「今日ウンコは?」
「便秘?」
「ウンコした?」
「ねえ、ウンコ」
「ウンコ」
ほんとね、闇金の取り立てなのかなってレベルで苛烈にウンコを要求してくるんです。
トイレに行くたびに目ざとく見つけ「ウンコ」とか言ってくるレベル。
まじでノイローゼになるかと思った。
ウンコでPTSDになるかと思った。

まあわかりますよ。
僕の評価に関わるとか言ってますが、これは上司の評価にも関わります。
「部下の提出物管理ができない=仕事ができない」と評価されてしまいますからね。
お前がウンコ出さないから俺の評価が落ちるだろって話ですからね。
そりゃあまあウシジマ君並の取り立てをしてくるのも理解はできる。

そんなわけで、上司の熱烈なウンココールに負けて、ウンコを採取したんです。
そうすると次はそのウンコを調査する機関に送付しなければならないんです。
調査機関とか言ってますけど、多分これマニアの上層部がアイテムをコレクションする倉庫みたいなもんだと思う。

でまあ、期限内の提出であれば会社から一括で調査機関に送付するんですが、締め切りを破ってしまったら自分で調査機関にウンコを送らなければならないんです。
この時点で気が遠くなるほど面倒くさいんですが、驚くなかれ、送料が1,000円とかするんですよ。

は? ですよ。

何がどうなってそうなるの?
ハイパーインフレでも起きてるの?
ロシアとかに送るの?
何がなんだか全然わからないよ!

冷静になって話を聞いてみると、どうやら「ウンコ=なまもの」という扱いになるようで、チルドで送らなければいけないらしいんですね。
ちゃんと低温保存しておかないと検体として機能しないだろってことみたいです。
ウソつけ。上層部のやつが新鮮なウンコをご所望してるだけだろ。

もう本当信じられない。
1,000円でウンコ送るとか信じられない。
なんならその調査機関ってとこ行って目の前でウンコするから許してほしい。
逆に5,000円くらいくれたら撮影してもいいから。
心の底から1,000円払いたくない。

まあそんな風にグズッていても、上司の阿鼻叫喚のウンコの取り立てに僕の精神が壊れてしまうので仕方なく送りました。
締め切りを守れず評価が下がった挙げ句に、ペナルティとして1,000円を自腹で払ってウンコを上層部のマニアへ届けました。

社会人になると、様々な締め切りに追われます。
そして、それは多くの場合、評価に直接つながります。
そして、締め切りを破ると様々なリスクを負うことになります。

でも、流石にウンコの締め切りはもう少しゆるくて良いと思う。
せめて月イチはやめてください。
ゆるくないウンコを出すから。

ホント、この会社の評価制度はクソですわ。

 

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