僕と自転車と少年野球団

自転車は自由の象徴だと思うんです。

都会の子供たちは「移動といえば電車」となるのかもしれませんが、僕ら田舎の子供たちにとって自転車はなくてはならない重要な移動アイテムでした。
小学校低学年の頃に特訓して自転車に乗れるようになって以降、そりゃあもうどこにいくにも専ら自転車。

だってもう、歩くよりも移動スピードが段違いで早いのに歩くよりも疲れないっておかしいでしょ。完全に未来の乗り物でしょ。免許も要らず、駐車だって気軽にできる。1度買ってしまえば、電車やバスのように乗る度にお金を払う必要もなし。
こんなもん乗るでしょ。なんならもう自転車と合体してケンタウルスの亜種みたいになっても良いってなるでしょ。僕は自由の翼を手に入れたんだ! ってなるでしょ。

大体がですね、田舎の鉄道網は使いづらいんですよ。
僕、田舎から東京に出てきてビックリしましたからね。案内表示がバシバシ出てて、なんてわかりやすいんだってビックリしましたからね。初めてでも全然迷わなかった。初めての体験だったけど、優しくしてもらえた。

片や田舎の電車なんて「○○線・上り」と「○○線・下り」ですよ。あたりまえの顔して○○線とか言われても何がなんだかさっぱりですし、田舎で「上り」とかいわれても上っても下っても田んぼしかねえんだよどっちが上りだよってなるんですよ。本当にわかりにくい。本当に不親切。全然優しくない。そういう気質が村八分とかを引き起こすんですよ。よくないと思う、本当に。

しかも田舎は駅が少ないから自宅から駅に行くまでが遠いんですよ。歩いていこうとすると萎えてくるレベル。
だもんでまず駅に行くまでの交通手段が必要になる。そして電車に乗って目的地の最寄り駅についたところでじゃあここから目的地までどうやって行けばいいの? と、閑散とした田舎の駅で絶望感を味わうしかないわけ。結局電車だけで完結できず、他の移動手段で補完しないと自宅から目的地まで行けないわけ。

もうね、こんな不便な交通手段なんて日常的に使う気にならないんですよ。
こんな面倒くさいことになるんだったら最初から自転車を使うわ。自由の翼で片道6キロでも10キロでも走ってやるわって話になるんですよ。

特に子供の頃なんてのはスタミナお化けですからね。すたみな太郎よりすたみな太郎みたいなところありますからね。マジで自転車でどこまでも行ける。あの地平線の向こうまで羽ばたける、みたいなところがありますからね。

なので多分ですけど、僕のように田舎出身の人達は、青春時代の思い出のほとんどは自転車と共にあったといえるのではないでしょうか。

学校が終わって、毎日友達と集まったあの公園に行くにも自転車で。
「本・DVD」と勇ましく掲げてある書店にドキドキしながら行くにも自転車で。
夏休みに朝の5時から集合して友達と海に行くのも自転車で。
気になるあの娘と一緒に夏祭りに行くときにも自転車で。

どこまでもどこまでも、自転車で走り回りました。

まあ気になるあの娘と夏祭りとか行ったことないんでそこは想像ですけど。
田舎の人は気になる娘との夏祭りも自転車で行くんじゃねえの。知らねえけど。

僕は雪国出身なんですけど、冬場でゴッソリと雪が積もってても頑なに自転車で高校に通ってましたからね。バスとか電車に乗るのが面倒くさいというそれだけの理由で、雨だろうと雪だろうとひたすらに自転車で通学してましたからね。

雪が積もってる中を自転車で走ろうとする場合って、踏み固められていない歩道は走れないので車道を走るしかないんですけど、道路の端を走れなくなるから下手に除雪されるとすげー走りにくいんですよね。まあ除雪されなかったらされなかったで道路の端は新雪になるので、結局端を走れなくて道路の真ん中の轍を走るしかないんですけど。

なので轍の上を走るために交通量がさほど多くないけど轍はできてるみたいなルートを選択して走るんですけど、当然少なからず車は通るわけで。
車からしたら轍を走ってる自転車とか邪魔でしょうがないんでしょうね、あいつら自分が鉄の装甲で守られてるからって調子に乗って自転車である僕の方をどかそうとするんですよ。
「オラ、車様のお通りだジャリガキ。脇に寄せろ。ひれ伏せ」みたいなテンションでゴリゴリに煽ってくるんですよね。

そのたびに「お前なんか自宅に帰って玄関に向かって歩いてる最中に屋根から降ってきた雪にあたって全治2ヶ月になれ」と呪詛を吐きながら避けてました。
そんなことしてたんで冬場の遅刻回数が天文学的な数字になってました。

高校も終わりに近づき、運転免許を取って原動機付自転車に乗れるようになったとき、僕は更に自由な翼を手に入れたと思いました。
だって今度は自転車のようにペダルを漕ぐ必要すらなくなったんですよ。自転車のように気軽に乗れて、更にこちらの体力が消耗することすらない。しかも自転車よりもスピードが出る。
なんてすごい乗り物なんだ。なんて悪魔的なんだと思ったものです。

しかしやはりその自由さにおいては、原付きですらも自転車には敵わないのです。

あれは初めて原付きに乗ったときのこと。
その日は休日で、友達の家に行くために通学路を通っていました。
毎日通いなれた道。もはや庭も同然。何も危険なんてあるはずがない。いつもと同じように交通量の少ない道を通り、いつもと同じように曲がろうとしたその瞬間でした。
「そこの原付き、止まりなさい」
背後から不意に拡声器で若干割れた声が聞こえます。
何事かと停車すると、そこにはパトカーが。

うん、一方通行だった。
たった今入ろうとした、自転車ではいつも曲がっている道は一方通行でした。

いやー、マジかよ。
初日ですよ、初日。
原付きに初めて乗ったその日に切符切られてるんですよ。

いや、たしかに一方通行逆走は大事故に発展する可能性もある危険な行為です。間違いましたでは済まされない。僕が悪い。

でもなー、ここ交通量少ないじゃないですかー。
しかもパトカーなんて3年間同じ道を通って、この日以外ここにいるの見たことないんですよ。休日かー。休日だから僕のような子羊が罠にかかるのを待っていたのかー。
だって早かったもんなー。曲がった瞬間、待ってました的に「そこの原付き、止まりなさい」だもんなー。なんならちょっと食い気味だったんじゃねえかってくらい、僕が曲がろうという意思がまだ無意識化にあるにもかかわらずその「気」を察知して声をかけてきたんじゃねえかってくらいのタイミングだったもんなー。

いや僕が悪いんですよ。
一方通行逆走は重大な危険行為です。僕が悪いのは間違いない。
でもなー……いや、僕が悪いんです。すみません。

そう、自転車には原動機が付くことによって様々な制約も付随することになります。
走行車線も守らなければいけませんし、標識だって守らなければならない。
僕のように一通逆走とか言語両断となるわけです。

ところが自転車はそこまでの制約は課されていない。
自転車は何も付いていないが故に自由なんです。

ただ、自由であるということは何でもして良いということではありません。
そこには原付きほどではないにせよ、円滑な自転車ライフを送るためのルールやマナーが存在しています。

僕は一時期、片道16キロとかいう中学生もビックリ、すたみな太郎よりすたみな太郎みたいな距離を自転車で通勤していました。

その通勤ルート上には河川敷のサイクリングロードが含まれていまして、かなり走りやすい上に春には桜並木を眺めながら通勤できるというわりと優雅なルートだったんです。
緑の中を、川辺の草野球の球場で野球をしている少年たちを眺めながらのサイクリング。
日常のちょっとした贅沢、みたいなルートを通勤していたんです。

まあ実際はさっさと職場に着きたいので汗だくで必死こいて走行してたんですけど。
特に風。河川敷なだけあってまわりになにもないので、風の影響とかモロに受けるんですよ。天気予報で風速3とかみるとまじで萎えてましたね。まじで全然進まねえの。風とか吹かなきゃいいのに、FF5の冒頭の「風が……とまった……」みたいなことになればいいのにと心の底から思いながら泣きそうになって走ってた。

その日も一生懸命に職場に向かって河川敷を走っていたんですけど、ルートの中にちょっと道幅が狭まるところがあるんですよ。自転車がぎりぎりすれ違えるくらいかなって道幅になるところがあるんですけど、ちょうどそこに差し掛かったとき、正面から野球のユニフォームに身を包んだ小学生くらいの少年野球団が来たんです。

野球団だけあって十数人くらいの団体なんですけど、道幅が狭いもんだから本当にぎりぎりのラインですれ違っていかなければならない。お互いに譲り合いの精神で、お互いにスレスレまで外側に寄ってすれ違わなければいけないんです。

「怖えーなー」と思いながらスピードも落としてすれ違っていったんですけど、あの、いきなり正面から小学生が突っ込んできたんです。
すれ違ってる最中に、少年野球団のひとりがいきなり僕の前に飛び出してきたんです。
は? ですよ。

もうこっちは避けようがないわけ。
道幅ギリギリまで寄ってるし、その逆にはすれ違う小学生がいるわけ。
ブレーキをかけたところで間に合わない。というか向こうが突っ込んできてる。当たり屋かよ。もうどうしようもない。もうダメ、避けられない。当たる。ンオッ! らめぇっ!

うん、思いっきり正面衝突して、お互いにサイクリングロードの脇に転がりました。

多分この当たり屋の彼は、進行の遅いチームメイトにやきもきして追い越してやろうと思ったんでしょうね。対向車がいるかもしれないという危険予測も、前方確認もロクにせずにズベっと前に出た。
そしたら目前にめちゃくちゃエロゲーとかやってそうなメガネの薄汚れた介護士がいた。
えっ、なんでこんなところにめちゃくちゃエロゲーとかやってそうなメガネの薄汚れた介護士がいるの? なんか「ンオッ」とか言ってる! 気持ち悪い!! と思うまもなく正面衝突。そういうことなんでしょうね。

ただ、こっちとしてはもう「マジかよ」って感じなわけですよ。
正直、僕のほうに落ち度はないわけじゃないですか。だけど相手は少年なわけですよ。モンスターペアレントという言葉がありますから、ワンチャンで僕がめちゃくちゃ責められかねない。ガンダムみたいなメガネかけたお母さんが出てきて「ンマーッ! 僕ちゃん大丈夫ザマスか!? そこのめちゃくちゃエロゲーやってそうな事案スレスレの薄汚れ介護士! ワタクシの僕ちゃんに何してくれてんのやワレコラどう落とし前つけてくれまんねん!」みたいなことを言ってこないとも限らない。

こっちはもう何をどうやったのかわからないんですけど右手からめっちゃ血出てるし脇腹もめっちゃ痛いけどなんとか立ち上がって小学生に「だ、大丈夫ですか……?」って聞きにいくしかないわけ。なんか鬼滅の刃のワンシーンみたいになりながら小学生の安否を確認するしかないわけ。

小学生は「あ、ハイ……」とか言いつつもうずくまったまま。
出血とか目立った外傷的なものはなさそうだなと思ってると「大丈夫ですかー」という声とともに監督っぽい男の人が。
来たなモンスターペアレント! 全集中の呼吸! とか思って身構えてると「いやいやすみませんでした! 大丈夫ですか? あっ、めっちゃ血出てますよ!」とか言ってむしろ僕の方をめちゃくちゃ心配してくれてんの。
なんか一部始終を見ててくれたみたいでめちゃくちゃ謝られた。

小学生の子も監督に「立てるか? 痛むところはないか? うん、良かった」みたいなこと言われて、とりあえず大丈夫そう。

「こっちは保険入ってるんで大丈夫です。でもそちら怪我されてるんで病院とか必要そうなら連絡を……」みたいなことを言われたんですが、仕事に遅刻しそうだったんで「いやいや全然、大丈夫です。すいませんでした」とか言って逃げました。

自転車は老若男女が乗れる、便利で自由な乗り物です。
しかし、自由というのは何でもやっていいということではありません。
スペースを守って駐輪しなければいけませんし、交通ルールも守らなければいけません。
前方確認をせず追い抜きもしてはいけません。

ルールやマナーを守らなければ、この少年のように青春の1ページに「めちゃくちゃエロゲーやってそうな変なおっさんと自転車で正面衝突した」という苦い思い出が加えられることになってしまいます。

自転車に乗る際は、ルールやマナーを守りましょう。

ちなみにあのあと、1週間くらい脇腹の痛みが取れませんでした。
監督の連絡先きいておけばよかった。

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