逆耳をすませば症候群。スーパーで買い物をする男子学生グループにキュンキュンした。
こんにちは、たくろうです。
土日とか連休、夏休みや冬休み中なんかの開放的な時期。
学生さんたちが解き放たれてウェイウェイしますよね。
そんな時、スーパーにたまに出現する「大学生くらいの男の子3~4人が買い物をしている」という風景がものすごく好きなんです。
スーパーで大学生くらいの男の子3〜4人が買い出ししてるの見るとキュンキュンするよね。
これから男だけで宅飲みかーって。
いいなー、たのしそうだなーって。メンツが陰キャっぽければぽいほどキュンキュン度が上がる。
— たくろう|雑記ブログ (@nuluto_blog) February 23, 2020
ツイートした通り、おそらくこれから誰かの家で遊び散らかすんでしょうね。
なんかサトウのごはんとか選んでたりして、なんだ、シメにご飯は欠かせないよねってか? とか。
もしくはあれか、大学に泊まり込むから買い出しか? とか思ったりして。
もうめちゃくちゃ楽しそう。
女の子が混じっているのはNG。人数は3~4人。
ポイントとしては、「男だけ」「3~4人」ってところです。
集団のなかに女の子が混じっていると、それだけでもう舌打ちモンです。
「ッチ、リア充かよ」ってなります。
そんなの、なんだかんだ言って、色恋に発展するんだろ。
集団の中の誰かが誰かと、なんだかんだくっついたりするんだろ。
「私カレー作るよ!」
「えー、マミ、カレー作れるのかよ」
「カレーくらい誰でも作れるしwww私料理得意な方だしww」
「料理得意なら肉じゃが作ってくれよ」
「肉じゃが食べたいの? ツヨシ、家庭の味に飢えてるww」
「そうそう。将来マミと結婚したら温かい家庭にしたいからね」
「えっ……(トゥクン)」
「なんてなwwww」
「もー、バカ!」
みたいなことになるんだろ。
見てらんない。
もう見てらんない。
その点、「男だけ」であれば安心です。
「カレーwww作ったことないwww」
「玉ねぎと人参とじゃがいもと肉とカレー粉入れて煮ればよくねwww」
「うはwwwおkwwwww」
ね、チョー楽しそう。
安心して見ていられる。
なんならそこにビール500ml6缶パック3つ持って突入したい。
それくらい羨ましい。
楽しそう。
また、「3~4人」ていうのもポイントです。
「2人」でも「5人」でもなく、3~4人。
この人数だと、本当に仲が良いグループなんだなって思えるんです。
気心の知れた仲間だけで、仲の良いやつの家に泊まり込んで宴会。
チョー楽しそう。
夜通し飲みながらゲームしたり、映画見たり。
最高じゃないですか。
最&高のやつじゃないですか。
これは「耳をすませば症候群」の逆パターンのやつではないか
「連休中にスーパーで買い出しをする男子大学生3~4人のグループ」に何故僕がここまでキュンキュンするのかと考えてみたところ、「耳をすませば症候群」の逆パターンなのではないかと思い至りました。
「耳をすませば」はスタジオジブリ制作のアニメ映画
「耳をすませば」は1995年に公開されたスタジオジブリの映画。
柊あおいの同名の漫画を原作としています。
この映画のあらすじをザックリと説明すると、中学3年生の雫と聖司が図書カードを通じて知り合い、互いに惹かれ合い、最終的に「結婚しよう」「嬉しい。そうなれたらいいと、思ってた」「大好きだ!」ってなる話です。
すごい。
すごいザックリ感。
中学3年生という、多感オブ多感、青春ド真ん中の雫が、高校受験というプレッシャーや、将来への不安、希望、自分という存在は何なのかという悩みに翻弄されつつ、その若さゆえの真っ直ぐな恋愛が描かれています。
想い人の聖司君はヴァイオリン職人になることを決心しており、中学を卒業したらイタリアへ修行しに行くことを決めています。
ヴァイオリン! イタリア! 修行!!
そんな聖司君を見て、雫は悩みます。
あたしはただこのまま高校に行くだけで良いのか。
聖司君は自分のやりたいこと、夢に向かってまっすぐ進んでいっている。
あたしはただ周りに流されているだけじゃないのか。
あたしの本当にやりたいことは何なのか。
そんで、「あたしも聖司君を見習ってやりたいことをやる! 小説を書く!」って決意するんですけど、受験の大切な時期に勉強そっちのけでやることじゃないって言われたり。
自分でもその決意が揺らぎそうになるけど、でもやるって決めたんだからと頑張ったり。
その傍ら、友達にも好きな人が出来て応援していたら、実はその友達が好きな人は自分のことを好きだったとか。
もーなんなの! 色々詰め込まれまくってるんですけど! っていう。
そんで色々悩み抜いて、やり抜いた朝方、一緒に朝日を見るために聖司君とチャリを2ケツするんです。
丘を登る途中、坂がきつくなってきて「大丈夫? 降りる?」って雫が言うと
「大丈夫! 雫を乗せてこの坂を登るって決めたんだ!」とか言うんですよ。
それを聞いた雫が自転車を後ろから押すんですよ。
「お荷物だけなんて嫌だ!」つって。
もうなんていうんですかね。
「ああー!」ってなるんですよ。
なりません?
「ああー! 死にたいー!!」ってなりません?
もうキラキラすぎるわ。
なんなの君たち。
甘酸っぱすぎる。
いや僕からしたら甘さとかないわ。
酸っぱ苦いだけだわ。
なんだよ。
学生時代に女の子と自転車2ケツなんてしたことないよ。
そんなキラキラした思い出なんてないよ。
人生を否定された気分になりますよ。
何が「雫を乗せてこの坂を登るって決めたんだ」だよ。
からの「お荷物だけなんて嫌だ」ってなんだよ。
こんなのどうせ、これからの君たちの人生の暗喩だろ。
これから2人で力を合わせて困難に立ち向かいますってメタファーだろ。
結婚式のスピーチかよ。
もうこの坂道登るシーンは衝撃的すぎて、心のダメージが深すぎてセリフ覚えちゃってますからね。
完全にトラウマ化してますからね。
「耳をすませば症候群」は、耳をすませばを見て心をえぐられた人達の叫び
こんな恐ろしい「耳をすませば」ですが、僕と同じように結構な人達がこの映画で心をえぐられているようです。
僕は学生時代、まあそれなりに楽しく過ごしましたが、女の子には全く縁がありませんでした。
完全なる非モテでした。
なので、「耳をすませば」見ると
「ああ、こんな青春を過ごしたかった」
「もうあの頃は2度と戻らない」
という、心にぽっかりと穴が開いたというか、心の柔らかいところをグリッとされたような喪失感を感じます。
そして
「いいトシして耳をすませばで心をえぐられて自己嫌悪と嫉妬心で陰鬱な気持ちになってるおっさん」
という現実を突きつけられ、人生が嫌になってしまうというわけです。
恐ろしすぎる。
スタジオジブリはなんという怪物を作り上げたのだ。
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「耳をすませば」が大好きな人というのが存在するらしい
なんかこう、「耳をすませば」が好きか嫌いかでリア充かそうでないかがわかるような気がします。
僕には全く理解できませんが、「耳をすませば」が大好きだという人もいるんですね。
「甘酸っぱくてキュンキュンするよね~」なんて感想を持つそうです。
僕が思うに「耳をすませばが好きな人」というのは、おそらく学生時代に雫や聖司君と同じような経験をしてきたのではないかなと。
雫や聖司君のように恋愛をして、たくさん悩んで、自分の人生を自分で決めて。
そんな風に悔いなく学生時代を生きてきたからこそ、自分の経験に当てはめて「ああ、あの頃こんなふうだったなあ。懐かしいなあ」と思い返せるのではないでしょうか。
そんな風に生きてきたからこそ、悔いのない人生を生きてきたからこそ、今この瞬間も悔いなく生きている。
そんな人達が「耳をすませば」を見ると、あの頃を思い出して「甘酸っぱくてキュンキュンして、良い映画」と思えるのでしょう。
クソッ、羨ましい!
男子大学生3~4人がスーパーで買い出しをしている風景にキュンキュンするのは、過去の自分を見ているから
僕の人生において「耳をすませば」のような青春時代は存在しませんでした。
しかし、
「男ばかりで集まって酒飲みながら映画を見る」
「朝の5時から男だけで海に遊びに行く」
といった経験はたくさんしてきました。
そうやって男だけでわあわあ騒ぐ楽しさを知っているから、リア充が「耳をすませば」に共感するように僕は「男子大学生3~4人がスーパーで買い出しをしている風景」に共感するんです。
「耳をすませば」にはない共感ポイントが、そこにあるから。
人生の経験上、「それ、楽しいよね~」と言えるからキュンキュンするんだと思うんです。
これはきっと、「耳をすませば症候群」の逆パターン。
リア充がキュンキュンするのが「耳をすませば」
リア充が何も感じないのが「スーパーで買い出しをする男子学生グループ」
非リア充が死にたくなるのが「耳をすませば」
非リア充が思い出の琴線を爪弾かれるのが「スーパーで買い出しをする男子学生グループ」
ということで、「耳をすませば」を好むような人種が全く何も感じないシチュエーションにキュンキュンする、これを「逆耳をすませば症候群」と呼びたいと思います。
きっと今年の夏も「耳をすませば」が地上波放送されることでしょう。
ツイッターやインターネットが、非リア充の叫びで阿鼻叫喚と化すでしょう。
そんなときは、そっとスーパーに行ってみてください。
きっとそこには男子学生グループが買い出しをしています。
耳をすませばでえぐられた心を、自分の過去を、男子学生グループで癒やしていきましょう。