朝食のうどんは大量に
「思ったのと違ったなあ」という失敗は、誰しも経験していることだと思います。
外見から見ただけではわからないことがあるからこそ、こういった悲劇が起きます。
特に食べ物というのはその特性上、実際口に入れてみるまで「味」がわかりません。
食べてみて初めて期待したものかどうか、ということがわかるのです。
もちろん「うどん」もそのひとつ。
僕の今日の朝ご飯はうどんだったんですよ。
なんだかわかりませんが、狂おしくうどんが食べたい。
米ではなく、パンでもなく、そばでもなく、うどん。
体がうどんを求めて仕方がなかった。
僕の体を流れる香川の血が荒れ狂い「グッ……やめろ、こんなところで……」と口走りながら右手を押さえてしまう程うどんを欲していました。
まあ血縁上香川とは全く縁はありませんが。
こんなわけのわからないことを口走ってしまう程うどんが食べたい。
よし、じゃあ食べよう! と相成ったわけです。
人間、食べたいものを食べたい時に食べたいだけ食べれるというのは幸せなものです。
うちにはうどんの乾麺がゴッソリとありますので、お湯をそれこそ荒れ狂うまで沸かし、ガッツリと300g。つまり3人前のうどんを投入しました。
男性の方はわかってくれると思うんですが、そばとかそうめん、うどんやスパゲティといった麺類って明らかに1人前じゃ足りなくないですか?
コンビニとかでスパゲティとか買っても、普通のサイズだと明らかに少ないじゃないですか。
どこのどいつが1人前の量を規定しているのかわかりませんが、間違いなく成人男性の胃袋を満たす容量じゃないんですよ。
1人前のスパゲティーの量を決める会議直前にフルコースディナーでも食べてきたんじゃねえかってくらい少ない。
「ガッツリ大盛り!」とか雄々しくラベリングされているものでも「まあ普通量かな」「ちょっと足りないけど、1人前にギリギリ合格ね」レベルじゃないですか。
何がガッツリだよ。土方で働く兄ちゃんを満足させてから言えよと。土方の兄ちゃんを会議に呼んでからラベルつけろよと。
まあそんなわけなんで、食べたいものを食べたいだけ食べられる幸せを享受するため、ガッチガチに300g、3人前のうどんを作りました。多分世の中の「麺類1人前鑑定士」が見たら発狂する量だと思う。
パッケージ裏の「作り方」に則り、しっかりとざるうどんを作るための湯で時間、9分を遵守してうどんをざるに上げ、水でしっかりとシメます。
この時点で「ちょっと多かったかな……」とか弱気になってくるんですが、いや、これこそが本当のガッツリだ。僕はこれからガッツリとしたうどんを食べるんだ。そういえば昔、筋肉隆々の女の子しか出てこない「Theガッツ!」とかいうエロゲーがあったな……とかよくわからないことを考え、自分を奮い立たせます。直前の単語のせいで「自分を奮いたたせる」って表現がなんとも誤解を生む表現になっていますが、あいにく僕にはそっち方面の性癖はなくてって何の話してるんだこれ。
ともあれ、完膚なきまでに3人前のうどんが出来上がりました。
薬味なんて刻む手間が惜しい、とばかりに用意したのはチューブの生姜のみ。
冷静に考えれば茹で時間が9分もあったんだからネギでもミョウガでも海苔でも刻めばよかったんですけどね。
まあほら、僕って一途だから? うどんのことしか考えられなかったっていうか? まあめんどくさかった。それだけです。
そんなわけでめんつゆにチューブの生姜のみという無骨な、Theガッツみたいなラインナップでうどんをズルズルとすすり上げます。
うん、うまい。
やっぱり食べたいと思ったものを食べたい時に食べたいだけ食べれるというのは幸せだよね。
うまいうまい。
うまいんだけど、なんだろう、うん、うまいよ。
うまいんだけどさ、なんていうか、あの、コシがないよね。
いや、うまいよ。うまいけど、まあ、うん、いいんだけどね。
なんともハッキリとしない、ぐにゃぐにゃとした物言いですが、僕の食べたうどんもそんな感じだったんですよ。
そう、僕が食べたうどんには絶望的にコシがなかったんです。
もしかして湯で時間を間違ったかな? と思ってパッケージ裏とか確認しちゃいましたもん。
しかしパッケージ裏にはキッパリと「9分」と書かれていたので、僕のミスではない。
つまり、このうどんのポテンシャルはここまでだったということです。
みなさんがうどんに求めるものは何でしょうか?
やはり、シコシコとした食感ではありませんか?
僕はうどんはこの食感が命だと思っています。
埼玉を中心に1都6県に展開している「山田うどん」なんかは、もはやポリシーとして「風邪の時に食べたいうどん」のような柔らかいうどんを提供していますが、僕としてはやはり丸亀製麺のようなシコシコの食感を求めたいところ。
つまるところ讃岐うどんのような、コシのある、歯ごたえのあるうどんをこそ僕は求めているんです。
というかですよ、逆にもう、すべてのうどんを讃岐うどんのようなコシのあるものにしてしまえば良いと思うんですよ。
「コシなんていらない! くにゃっくにゃで舌で押しつぶせるくらいの柔らかいうどんが好きなんだ!」という人は、湯で時間を2倍でも3倍でもして、もううどんなのかお湯なのかよくわからないような状態にして食べれば良いわけです。30分でも1時間でも茹でれば良いわけです。
そうすればうどんを買う時に「このうどんは私好みのコシのあるシコシコのうどんかしら?」なんて悩むことはなくなるわけです。
僕のようにコシのあるうどんが好みの人はきっかりと湯で時間通りに茹でれば良い話なので「思ったのと違った」なんていう悲劇は起こらないわけです。
外見からわからないことがある。
だからこそ悲劇が起こるんです。
僕にはR君という、若かりし頃に「失踪する」というレアイベントを経験した友人がいます。
20もそこそこの頃、僕はこのR君と週4くらいで飲んでいました。
といっても当時はお金もあまりなかったので飲み歩くということはせず、毎回一人暮らしをしている僕の家で飲んでいました。
週4ですからね、週4。週4で友達が家に来るってそうそうないですよ。
下手したら朝R君が家に帰ったと思ったら夜にまたウチで宴会、なんてことが起こってましたからね。
R君なんて自分の家から布団持ち込んでたからね。
もうこれ付き合ってるんじゃねえかってレベル。半同棲レベルですよ。
R君は調理師免許を持っているので、ツマミの類は全部作ってくれるんですよ。
なので毎回、宴会の前には一緒にスーパーに行って、今夜のツマミを相談するんです。
「今日は何を食べようか」「おっ、イカが安いから刺し身にするか」「今日は鍋にしよう」とか言って。
これ付き合ってたわ。完全に付き合ってるやつだわ。
R君は日本酒に並々ならないこだわりがあって「安いやつでいいからパックは嫌だ。瓶じゃないと変な匂いがする」とか言ってましたね。
僕は当時そこまで酒に慣れていなかったので、何いってんだこいつって思ってましたが。
そんでドンチャン騒ぎの大宴会が終わった朝、腹が減ったってことで朝メシを作るのは僕なんですが、まあそんなこだわったものとか全然作らないんですよ。
大体うどん。
こだわるとかこだわらないとかじゃないレベルでうどん。
変わると言えば夏場はそうめんかな、とかそれくらい。
しかも当時も麺類に対する満腹中枢がぶっこわれていたみたいで、完膚なきまでに1袋全部茹でるんですよ。
やっすい乾麺のうどんなんですけど、多分1kgとかあったと思うんですが、これを全部。
1kg全部を鍋に投入していきます。
作る時は「2人いるし食べれるんじゃね?」とか思うんですよね。
しかも1kgって言っても、これは乾麺の状態での1kgですからね。
ここから乾麺は大量の水を吸っていくので、多分最終的には2kgくらいになってたと思う。
1人あたり1kgのうどん。
いくら20そこそことは言え、こんなもん食べれるわけない。
食べれるとしたら部活終わりの中学生くらいだよ。
この2kgのうどんを冷水でシメたザルのままドスンとテーブルに置き、2人でズルズルと無心で食べるんですが、まあいいとこ2/3くらいまでいったところで満腹になるんですよ。
もう何も食べられない。
この白い悪魔をどうにかしてください。
それくらいに満腹になるんです。
「遠慮しないで食べなよ」
「いやもう満腹だよ」
「なんで1袋全部茹でるんだよ」
「食べれるかと思って」
みたいなやり取りを毎回やってましたからね。
学習能力が完全に欠如してますわ。
大体このやりとりをして、最終的にもったいないからってことで僕が時間を掛けて泣く泣く平らげるってのが毎回の流れでした。
この時僕は本当に満腹で、毎回毎回、なんでこんなことになっているんだろうと自分を呪っていたものです。
そこから時が経ち、数年ぶりにR君に会った時のこと。
久しぶりの再会で、思い出話に花を咲かせていると、この当時の話になりました。
あの頃はマジでアホみたいな頻度で飲んでたよな。
付き合ってるんじゃねえかってレベルだったよな。
そんなふうに楽しく飲んでいると「朝飯は毎回うどんだったよな」という話になります。
「そうそう、なんであれ毎回1袋全部茹でてたんだろうな。マジで食べきれなかったもんな」
食べきれないほどうどんを作って、あの時は苦しかったしバカだったなあ、そういったニュアンスで僕が当時を振り返ると、R君はとんでもないことを言うんです。
「あれ、実は俺全然足りなくてさ。でも全部食べるのは悪いかとおもって残してたんだよね」
嘘でしょ?
僕があれほど苦しんで食べているのを、あなたは飢餓に苦しむ子供のような目で見つめていたってことですか?
飽食の時代に警鐘を鳴らすような気持ちで僕を見ていたってことですか?
信じられない。
僕はあの時、心底満腹だったのに。
もうね、「思ってたのと違ったなあ……」って言うしかなかった。
なんで言ってくれなかったのか。
何回「食べなよ」って言っても、R君は「いやもう満腹」って心底嫌そうな顔してたじゃないか。
外見ではわからないことがある。
だからこそ悲劇が起きるんです。
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