まったく知らない童話を再翻訳して本気出して読み解いてみた

日記

Twitterでフォローしている2020年オモコロ杯で銅賞を獲得(過去の栄光)したおもしろブロガーのtdk(@tdk1989)さんが「アラビア語で桃太郎を再翻訳したら、もむたろうがアルジェリアに行く話になりました」という記事を書いていました。

tdkさんは日本人ならよく知る童話の再翻訳をされていましたが、それを読み「まったく知らない童話を再翻訳して読み解いてみたらどうなるんだろう」と思い立ち、トライしてみました。

日本語に訳されている童話だと、タイトルだけで「ああ、猿と蟹が合戦するのね」とかある程度シナリオがわかってしまう場合もあるので、英語テストで0点を獲得したこともある僕が英語訳のサイトから適当にひっぱってきました。
タイトルも文章も英語なのでなにがなんだかわからないまま、話の文字数だけで選んでいます。

翻訳は、英語→タイ語→アラビア語→日本語という過程でやってみました。
なんか宗教色強い国の言葉をいれたほうが面白そうだったから……。
再翻訳した原文は太字で表記しています。

なんの童話を読み解いているかは、記事の最後に記載しています。
再翻訳しても知ってる人にはわかるようになっているのか。
もしかしたら僕も知っている童話なのかもしれない。

ということで、タイトルは「古墳」(再翻訳済み)です。
どうぞ。

謎の童話「古墳」

田舎町にある中庭のある家。夜が長くなっていると言われる時期です。
家族のグループが彼らの古い家に集まった。ランプがテーブルの上で燃えています

「中庭のある家」とか、のっけから豪邸アピールきました。夜が長くなっているという時期なので季節は秋か冬でしょう。
寒くなってきた時期に家族が実家に集まり、テーブルの上のランプを囲む。団らんのひとときですね。

天気は暖かくて暖かく、開いた窓から長いカーテンがぶら下がっていますが。そして、真っ青な空に輝く月はありませんでした。

いや、暖かいんかい。窓開けていられるんかい。
夜が長くなってきたの季節なのに、天気は暖かくて暖かくて窓を開けていられるような新月。
なにか不気味な物語が始まりそうな空気を感じますね。

しかし、彼らは月については言及していませんでした。

言及しないんかい。
家族が集ってたから新月のことなんて気にならなかったのかな? じゃあなんで物語に登場させたのかな? 伏線かな?

しかし、大きな古い石が台所のドアからそれほど遠くないパティオの下に置かれました。
メイドはしばしばこの石の上にきれいな銅の台所用品を置きます。だから彼らは太陽の下で乾き、子供たちは彼らと遊ぶのが大好きです。

パティオとは、「スペインなどの住宅にみられる、噴水や樹木などを配した中庭」とのこと。床にタイルを敷き詰めて、食堂や応接間、居間などの内部と一体的に使用するそうです。
え? そんなパティオの下に大きな古い石を? そしてメイドはその大きな古い石の上にきれいな銅の台所用品を? そして彼ら(唐突な石の擬人化)は太陽の下で乾き、子供の相手を?

それは実際には古代の碑文でした。

あかんやつや!
パティオの下に置いたりきれいな銅の台所用品の下敷きにしたり子供の遊び道具にしてはあかんやつや!! 日干しはまだしも!!

家の所有者は「はい」と言いました。

僕のツッコミを理解している……?

「石は取り壊された修道院の古い教会の墓から来たと思います。説教壇、記念碑、墓は売られました。父は後者を購入しました。それらのほとんどは2つに切り分けられ、石の舗装に使用されました。しかし、すべての石は保存され、中庭に配置されました。」

ちち、はかにしゅうちゃくしすぎ……?

説教台や記念碑に目もくれず墓、墓、墓。とにかく墓の石を2つに分断しまくり、中庭に配置したってことですね。変態じゃねえか。ヤダ。そんな家に住むの。

長男は次のように述べています。
「誰もがそれが墓石であり、砂時計と天使の破片をたどることができるのを見ました。しかし、下の碑文は、「プレベン」という名前とその近くの大きな「S」を除いて、かなり老朽化しています。もう少し。「マーサ」という名前のように深い。読みやすい。しかし、雨が降ったり、石を洗ったりしない限り、それ以上のものはなく、目に見えない。」

なるほど、つまり誰もがそれが墓石であり、砂時計と天使の破片をたどることができるのを見たんですね。うん、さっぱりわからん。
どうやらここでの重要な単語は「プレベン」「S」「マーサ」のようです。そして、雨が降ったり石を洗ったりすると、何かが見えてくると。発動条件がグレムリンみたいだね。

「私にとって!なんて特異なことでしょう。なぜこれがプレベン・スアンと彼の妻の墓なのですか?」
これを言った老人は、部屋のみんなの祖父になるのに十分な年齢のようでした。

年齢だけでは祖父にはならないんだよなあ。
それはともかくとして、「プレベン」「S」「マーサ」とは、つまり「プレベン・スアン」とその妻「マーサ」のことを指していたんですね。
ねえ、これ、この老人の知り合いかもしくは家族の墓をぶった切って鍋敷きにしてたのがバレたってことでしょ? こんなもんめちゃくちゃ怒られるでしょ。「みんなの祖父になるのに十分な年齢のようでした」とか言ってる場合じゃないでしょ。

身内の墓石を鍋敷きにされた老人、昔話をする

彼は続けて、「はい、これらは古い修道院の墓地に埋葬された最後のものです。彼らは非常に価値のある老夫婦です。私が子供の頃によく覚えています。誰もがそれらを知っていて、誰もがそれらを賞賛しました。彼らは最も古いです。街の住民。人々は金がたくさんあると言いますが、いつも控えめな服装をしています。」

「彼」とはおそらく「老人」のことですね。
なるほど、プレベンとマーサは修道院の墓地に埋葬された最後の夫婦で、お金をもっていてもそれをひけらかしたりしない、称賛に値する人格者だったんですね。
そんな人たちの墓石を鍋敷きにしてた罪は重い。

最も荒い範囲で、リネンの最も純粋な白さがありました。
プレベンとマーサは古き良きペアで、両方がベンチに座ったとき家の前の急な石段の頂上に木の枝があり、そっとうなずきます。通りすがりの人に優しいです。私を幸せに感じさせてください。大人彼らは貧しい人々にとても親切です。

「石段の頂上に木の枝があり、そっとうなずきます」という表現、なんか素敵ですね。
木の枝が風に揺れるのがありありと浮かびます。まあ本当に木についての描写なのかは不安が残るところですが。
「リネンの最も純粋な白さ」という描写から、ここからプレベンとマーサの若かりし頃のエピソードが始まるのかな?

真実であり、キリスト教の判断老婆は前に亡くなりました。
私の目の前の日はまだ明るい。私は若く、父を老人の家に連れて行きました。
マーサはそこに着くと眠りに落ちました。彼女は寝室に横たわっていました。私たちはその老人が悲惨で子供のように泣いていたので座っていました。

このあたりから「私」が誰を指しているのかよくわからなくなってきますね。
キリスト教の判断老婆とかいう、なんか絶対権力もたせちゃいけない司祭みたいなやつがおもむろに死にますけど、もうわけわからなすぎて触りたくない。

彼らはどのようにして出会い、お互いを知り、お互いを愛することを学びましたか?
私が言ったように、私は男の子です。脇に立って、他の人の言うことに耳を傾けてください。

プレベンとマーサの馴れ初めのエピソードを聞いているんでしょうか。
他人の恋バナ聞くときに「私は男の子です」とか言うやつに話はしたくないですけど。

しかし、その老人の話を聞いて、婚約の日々を語るとき、彼の頬の色が輝いているのを見ると、私は奇妙に感じました。
彼が彼女に会い、そして彼の結婚式の日について話すことは、彼がどれほど美しくそして小さなトリックをしたか。

んー、相変わらず「私」が誰なのかはわかりませんが、「老人=彼」はプレベンなのかな。
確かにジジイの頬が輝くのは奇妙ですよね。若かりし頃の話をしてるときに頬が輝くジジイとか嫌ですわ。

彼の目は輝いていた。
彼はその幸せな瞬間に彼の言葉に感動したようで、突然隣の部屋で死んでしまいました。

プレベン死んだーーー!!!
感動で人を殺せる言葉ってなんだよ! 人はそれを呪詛っていうんだよ! 感動を食べて生きるのはワタミの社員だよ!

老婆そして彼はこの希望の日になると老人です。
それは長い間、ああ、それはそのようなものです。
当時、私は子供でした。そして今、私はプレベン・チュンと同じくらい年をとっています。当時は時間が経ち、すべてが変わりました。
埋葬された日と、棺桶の後ろからオールド・プレベンがどのように近づいたかをよく覚えています。

唐突にプレベンファミリーの一員、チュンが登場しましたね。
でもプレベンはファーストネームだから、プレベンファミリーだとしたらラストネームに「スアン」が付くはずか。
じゃあチュンって誰? 他人? いきなり他人を登場させて話を難解にさせる手法なの?
「オールド・プレベン」は感動によって殺されたプレベン・スアンのことでしょうか。死霊が棺桶の後ろから近づくとか完全にホラーや。

「数年前、今度は老夫婦が碑文と名前を記した墓石を用意しました。しかし、夕方の日付ではなく、石は墓地に運ばれ、墓に置かれました。1年後、古い夫婦が墓石に運ばれました。プレベンは妻と一緒に寝かされていたのかもしれません。

えっ? プレベンとスアンは死後1年も埋葬されず放置されてたってこと?
そりゃあ資料も棺桶の後ろから近づきますわ。完全に呪い案件ですわ。

彼らは財産を残しませんでした。人々が思っていたよりも少なく残しました。

なにこれ。すごいいやらしいこと言うじゃないですか。
「あいつら金持ってるくせに質素な生活してるから絶対たんまりと遺産があるはずだぜ」つって遺体の埋葬もせず1年間遺産探しまくってたって印象になるんですけど。こいつらクズや!

これまで誰も聞いたことのない遠く離れた家族にとって、道路検査官は古い家を古くて腐ったレモンの木の下の高い階段にある竹製のアーケードとベンチが破壊され、墓地プレベンとマーサの墓石が購入者に売られたため、この岩が切り込まれなかったのです。

プレベンとマーサには近しい親族や友人はいなかったんですかね。チュンはなにやってんだ?
ちなみにレモンの木の花言葉は「誠実な愛」と「思慮分別」だそうです。
人に優しく、愛に溢れていたプレベンとマーサの誠実な愛を表したレモンの木。この木が腐っているのは、財産を捜索するために1年も埋葬しなかったり墓石を売ったりする周囲の人々の「思慮分別のなさ」を表しているのかもしれません。

かつては2人でしたが、現在は下の中庭に置かれています。メイドと子供の遊び場の墓舗装された道路は現在、オールドプレベンと彼の妻の住居を通り過ぎています。今では誰も考えていません。」

賞賛に値する人格者だったふたりのことを、思い出す人はもういない。
まあ、「死んだ後のことなんでどうでもいいや! 葬式なんていいから骨なんて適当に捨てといてー!」って考えの方もいるでしょうし、生前のプレベンとマーサは
幸せそうだったのでいいっちゃいいんですけど、何か寂しい気持ちになりますね。

そして老人はこのことすべてについて話し、悲しいことに首を横に振って言った。
「それを忘れなさい!はい、すべてが忘れられるでしょう!」
そして会話は別の話を開きました。

「湿っぽい話になっちまったな! ガハハ! はい、この話はおしまい! でさ、この間スロット打ったんだけどさ〜〜〜」
みたいなノリで話終わらせるの好き。

老人の恋バナを聞いた少年、月とゴーストの天啓を受ける

しかし、部屋の末っ子は、ブラインドの後ろの椅子に座っている大きくて真面目な目を持つ少年です。そして彼は、月が古代の墓を照らしている法廷を調べました。

プレベンとマーサのこの悲しい物語は、目の大きな末っ子の心を打ったんですね。
気をつけてね。感動って人を殺すらしいから。隣の部屋で死ぬかもしれないから気をつけてね。

それは常に彼に現れ、平らでしたが、今では歴史書の巨大な葉のようにそこに横たわっていた石です。少年がオールド・プレベンと彼の妻について聞いたことはすべて、石になっているようでした。

少年にとって普段から家にあった見慣れた石が、今ではプレベンとマーサの人生が凝縮された歴史書のように見えたということですね。
真っ二つにされて鍋敷きにされていたその石が。

そして彼が彼を見つめ、野外で明るく明るい月を見たときまるで神の顔の光が彼の美しい世界を照らしているかのように「忘れて!すべてが忘れられてしまう!」それでも部屋中に響き渡った。

月についての伏線回収きた!! でも新月だから「明るく明るい月」ではないはずなんですがねえ……。
「忘れて!」の直後の「すべてが忘れられてしまう!」がメンヘラっぽくて好き。

同時に、目に見えない精神が少年の心にささやきました。
「あなたが託された種に注意してください。それを成長させて成長させてください。あなたを通して、私の子供、古代の天候によって破壊された墓の碑文は透明な金色の文字で次の世代に伝えられました。夫は、高齢者が再び腕を組んで通りを歩くか、レモンの木の下のベンチで新鮮で健康的な頬に腰を下ろし、金持ちと貧乏人に微笑んでうなずきました。この時間の何年もで美しい詩に熟します。善と善は決して忘れられません。彼らは常に物語や歌の中にあります。」
~~おわり~~

少年のゴーストがささやきます。
レモンの木の下のベンチで人の顔面に腰を下ろし、金持ちにも貧乏人にも等しく微笑んでうなずけと。どういうこと?

「透明な金色の文字で次の世代に伝えられました」という文章は良いですね。目に見えるものではなく、しかし輝かしい言葉によって脈々と受け継がれると。
まあ古代の碑文が破壊されたのは古代の天候じゃなくて購入した父によってなんですけどね。

謎の童話「古墳」が伝えたかったこと

いかがでしたでしょうか。

一生懸命読み解いてみたんですが、正直何が言いたいのか9割くらいわかりませんでした。

一応まとめてみると、ストーリーとしては

  • 家に鍋敷きにしてる石があった。
  • 老人「それ、プレベンとマーサっていう人格者の金持ちの墓石や」
  • ~~プレベンとマーサの生涯とは~~
  • 感銘を受けた少年に天啓が降りる。

というお話でした。

そして「古墳」が伝えたかったことはおそらく

  • 墓石をぶったぎって鍋敷きにしちゃいけないよ。
  • 人に優しい金持ちの人格者も、死んでしまえば遺産という名の屍肉を漁られる存在でしかない。
  • しかし、善は決して忘れられない。善を透明な金色の文字で次の世代に伝えましょう。
  • 感動したあと隣の部屋に行くと死ぬ。

ということではないでしょうか。た、多分。きっと。

ここで「古墳」の元ネタを紹介すると、アンデルセンの「The Old Grave-Stone」というお話。日本語では「古い墓石」というタイトルです。なにそれ、日本語訳でもきいたことないタイトルだったわ。

アンデルセンのお話のあらすじを紹介している「文藝散歩」というサイトには、以下のようにあらすじが紹介されています。

とある田舎町の農家の台所の戸の前にある、古い大きな石の話です。
その石は実は古い墓石で、取り壊された古い修道院付属の聖堂の墓石だったのです。
その家の主人がいうには、亡くなった父がそのころ売りに出されたいくつかの石を買い取って、切って敷石にしたものの、大きな石はそのまま裏庭に置いたままになっていたということです。
その石にはPとMという文字が読み取れます。そうです、その家のおじいさんと奥さんの名前だったのです。

プレーベンさんとマリアさんはこの町の裕福な長者夫婦で、いつも玄関の高い石段の上の腰掛に座っていたものでした。奥さんが亡くなられた時もその腰掛で自分たちの結婚式のことを生き生きと思い出されて昔話をしていたということです。

みんな忘れ去られる運命ですが、言い伝えの中でいつまでも生き続けているものです。

うん、大体合ってた。
「いつも玄関の高い石段の上に座っていた」とかのあたりは全然読み取れなかったものの、まあまあストーリーは追えていたし、教訓みたいなものもちゃんと受け取れていましたね。
これは「まったく知らない童話を再翻訳したものでも、本気を出せばちゃんと読み取れる」と言って良いのではないでしょうか。

まあ僕が感じた教訓としては、言い伝えの中で生き続けるとかよりも墓石をぶった切って床材にしたり鍋敷きにしたりすんなってことをまず言いたいけども。

<引用: Hans Christian Andersen Fairy Tales and Stories – The Old Grave-Stone

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日記

Posted by たくろう