ネガティブな陰キャが少しポジティブになれる2つの言葉
こんにちは、たくろうです。
僕はメンタル弱めの陰キャなので、自己肯定感があまり強くありません。
究極の話、僕という人間は存在しなくて良いと考えてしまう時があります。
事実、僕でないとできないことなんて何もない。
友達だって恋人だって、たまたまそのタイミングでいた人間が僕であっただけ。
そのタイミングでいたら僕でなくても友達になっていたかもしれないし、恋人になっていたかもしれない。
両親だって、生まれてきた子供が「僕」である必要はないんですよね。
自分達の子供がたまたま僕だっただけ。
そんなことを鬱々と考えてしまいます。
まあ冷静に考えたら、こんなことを考えていたって自分のメンタルを自分で殺しにかかっているというだけで、気分も悪いし何も生み出さないし良いことなんてひとつもないんですけどね。
そして逆張り的にポジティブに考えたら、そんな大量の「誰でも良い」のなかから、両親や友達、恋人が出会ったのが「僕」だったという奇跡とも取れます。
最高にキモい話ですね。
そんなクソ面倒くさいことを考えている僕が好きな言葉というか、勇気を貰った言葉があるので紹介します。
生きる道は天によって完璧に決められていて、それでいて完全に自由だ
「全ての人間は役割をもって生まれてくる」
生きる道は天によって完璧に決められていて、それでいて完全に自由だ
こちらはみんな大好きバガボンドからの引用です。
吉岡一門70人斬りのあと、足に傷を負って今後剣を振れなくなるんじゃないかと言われている武蔵に沢庵和尚が話した言葉です。
最初読んだときは意味がわからずサラッと読み流していました。
武蔵も「完璧に決まってるなら不自由この上なしだろ?」と言っています。
バガボンドでの真意はわかりませんが、僕は言葉だけを解釈して「運命というケツ持ちがいるよ」と考えています。
つまり、「運命は決まっている」
だから、「完全に自由に好きなように生きよう」という話ですね。
こう考えることで何か悪いこと、嫌なことがあっても「これは決められていたことなんだ」「こういう運命だったんだ」と深く考えず心の負担を軽くできます。
そして、何かにチャレンジするときも「成功しようが失敗しようが、チャレンジすることは決まっていたんだ」と考えることで、行動の心理的負荷を軽減できます。
また「お天道様が見ているよ」的な意味もあると思います。
「天に決められた運命」を「あなたがどう生きるのか」
良いことも悪いことも、すべて見られているよ。
そうとらえることで「人間としてどう行動するべきなのか」を考えながら生きていくことができるかなと。
僕は何か決断をするときなんかは「どう選択しようが運命は決まっているんだからとりあえずやってみるか」と考えるようになりました。
全ての人間は役割を持っている
これの出典は忘れてしまったんですが、何かスピリチュアルな感じのサイトに書いてあったかなと。
そのサイトによると、人間は生まれてくる時点で「この人生では何を経験するか」ということを自分で決めて生まれてくるそうです。
例えば前回の人生ではアラブの石油王に生まれてきて人生超イージーだったから、今回は貧困なスラム街で生まれようとか。
前回は若くして死んだ経験をしたから、今回は140歳まで生きる経験をしてみようとか。
また、死ぬ時期や死因なんかも完全に決めて生まれてくるとのこと。
例えば「交通事故で子供が亡くなってしまった」というお話があるとします。
この例では
子供は「交通事故にあうという経験をするために生まれてきた」
両親は「子供を交通事故で亡くすという経験をした人生のために生まれてきた」
子供を轢いた人は「交通事故で子供を轢いてしまう人生のために生まれてきた」
という話になるそうです。
つまり、生まれる前にその目的を自分で完全に決めて生まれてきて、周りの人間もその目的に合致した人が集まってくるということなのだとか。
そう考えると、周りの人全てが自分のために存在しているということになります。
合コンで「顔がひょっこりはんみたいww」と言ってきたあの女の子も、15分に1度ナースコールを押してくるあの利用者さんも、「将来性が無いから」と振ってきた元カノも、すべての人が僕の人生の目的のために存在している。
もしこれが本当であれば、誰も憎まなくていいし、嫌わなくていいわけです。
イヤ、「憎む」という経験のため憎んでも良いんでしょうけど、本質的なところでそこまで嫌わなくて良いはずだと。
とにかく人生を楽に生きたい
僕はネガティブな人間です。
すぐに物事を悪いように考えてしまう。
でも、今回紹介したふたつの言葉によってわりと心が楽になりました。
人生は完全に決められているから、自由に、自分という人間はどうありたいのかを常に考えよう。
周りにいるすべての人は自分のために存在しているんだから、嫌われたりしても「そのために僕の周りにいてくれた」と考えよう。
こんな風に考えることで、少しはポジティブに考えられます。
ネガティブが悪いことではないんですが、鬱々と「自分には価値がない」とか考えていても疲れますからね。
僕は人生楽に生きていきたいので、自分が楽になるように考えて楽しくいきます。